このまま月まで走っちゃおうよ

 気づいたらもう外はだいぶ暗くなっていた。冬になると太陽が沈むのは異様にはやくなる、と感じる。兄からそれは太陽と地球の距離感のせい、と聞いていたけれど馬鹿なわたしはその話がよく分からなかったのだった。
 もう帰らなきゃ、と言うと目の前にいる彼女はついっと唇をとがらせて「もう帰るん?」と言う。彼女がたとえばここで泣きだしたら、周りに控えている男の人たちがすぐに飛び出てくるだろう。そしてわたしの生命はどうなってしまうのだろうか。ここの人達が映画や漫画みたいな「人殺し」をするとは思えないけれど、それでも、けじめとか、そういうものは、あるかもしれないから。
「そりゃあ、もうこんな時間だし」
「泊まっても平気じゃん……」
「そうだろうね……」
 吉乃のお家めちゃくちゃ大きいもんね、と言いそうになって、別の言葉が口から紡がれる。わたしの生命は彼女の声にかかっている。彼女の機嫌が悪くなればわたしの居場所は失われる。
「でも、お兄ちゃんが……」
「なんで?」
「……」
「……-名前2-ちゃんのお兄ちゃん、もう-名前2-ちゃんのこと怒れないでしょ? みんなにお願いしたし。ね? 泊まっても平気やん?」
 前なら、この時間に帰っていなければわたしは兄に殴られていたしご飯を食べさせてももらえなかっただろうし、怪我を放置したまま学校へ行かなければならなかったかもしれない。でも、吉乃と一緒にいてもその恐怖は変わらないことをきっと彼女は理解していない。わたしが怖がる対象が兄から吉野に変わっただけで、わたしはむしろ吉乃と一緒にいることでより一層自分の命が脅かされていることを彼女は知らない。
 わたしのためにわたしの兄をぶっ壊した彼女がいつわたしをぶっ壊そうとするのか、わたしには全く分からないからだ。

 染井吉乃という少女は転校してきたわたしを言いくるめてぐるぐると自分の周りの人間でかこってわたしを「親友」にまで持ち上げたものすごい少女だった。
 わたしが気づいた時には、二人組になってくださいの合図で手を繋ぐ相手は彼女になっていた。彼女いわく「絶対友達になりたかったの!」らしいが、彼女のおかげでわたしは小学二年生にして「人間は簡単に死ぬ」という真理を実感したのだった。彼女の生きる世界は暴力が間近にあり、ひどい兄がいるという噂を聞き付けた彼女は「そんなお兄ちゃんいらないじゃん!」と言ったのだ。まるでゴミをため続けるのはよくない、と言うかのように。人間の命をさっさと捨てろと言うのだった。
 わたしは彼女と距離を置きたかった。そしてそれがひっそりと伝わると同時に、兄への攻撃は始まった。
 彼女の周りの人間は彼女にやさしかった。伝わりにくい優しさだったが、それでも彼女のことを守っていたことに違いはない。
 わたしのことを虐めて自分のメンタルを保っていた兄が頭をおかしくしたのは染井吉乃のせいだった。
 彼女はまともな女の子だった。
 殴られることが当たり前で、やってもないことを自分のせいにされて、まともじゃないとか、馬鹿すぎてかわいそうと言われ続けたわたしのことを、まともな彼女はほおっておかなかった。さらに言えば彼女は自分の懐にいれるべく人間を囲おうとするところがあった。正義感と、ヤクザの動きとがぐちゃぐちゃにまざっていたのか……。
 わたしは兄の暴力から救い出されたと思ったら、今度は彼女の機嫌を伺う立場となった。
 わたしは親友なんてこれまで得たことはなかったけれど、親友というものはこれであっているのか、それさえもよく分からなかった。

 正直に言おう。わたしはまともな女が嫌いだった。まともな女は生きているだけでなぜか社会に馴染んでいて、性格はそこまで悪くもなくて、健康的に運動もできるし、学校にもちゃんと行くし、家族に「生んでしまったことが申し訳ない」と言われることもない。
 染井吉乃はわたしの嫌いな女だったが、彼女がわたしのことを哀れむこともなくまともに「親友」とわたしのことを呼ぶことがさらに嫌いだった。


 吉乃が行く高校は東京だと聞いて、わたしはずっと決めていたことを実行した。
 電話をかけると吉野はすぐに出た。彼女はわたしの電話を放置することはほぼなかった。
「ねえ、吉乃。わたし、人を殺したの」
 彼女がわたしの言葉を聞いてこんなに黙っているのは初めてのことだった。彼女の返事が、わたしはとても楽しみだった。


 電話を聞き付けたあとの彼女の行動ははやかった。すぐさまわたしの元へやってきて、死体をチェックした。人気のない墓地横の茂みスペースは、簡単に女を犯せると犯人たちも考えているスポットだったのかもしれない。
 死体は成人済み男性。中年。仕事帰りのスーツのまま。
「レイプされそうになったから、殺したの」
「……ほうか。-名前2-に被害は?」
「ないよー」
「ここんとこ不審者おるゆうてたしな……。そいつなんかな」
 そうかもね、と適当に答えるわたしに吉乃は「ひとまず処理する場所連れていこ」という。
「あ、目印になるもの置いとかな」
「え、なに、強盗犯でも呼んだの? 財布盗むときに殺しちゃった説とか?」
「まさか……。ふつうに業者呼んだだけや。翔真が相手するゆうから」
 彼女の横に突然あらわれたカゾクという鳥葦くんのことは何となくしか知らない。吉乃に頼まれたらそんなこともするのか、と笑ってしまいそうになった。
 吉乃と二人でなんとかキャリーケースに男の体を詰め込むと軽トラへと運んだ。犯罪者が逆に殺されるという状況はわたしが作り出したものだ。いつか、この男は殺してやろうと思っていた。それが、今日になっただけ。
 わたしは自首した方がいいと言われたらそうするつもりだった。それに自首したあと刑務所に行ったら吉乃とそれなりに別れられると思ったのだ。まあ、自分の未来が崩れることは承知のうえだったが……。
 吉乃が乗ってきた軽トラの助手席で街中の明るい光景を見つめていた。死体と女二人の旅。何かの映画では死体は乗ってはいなかったが、夫を殺したあといろんな犯罪をおかす女二人がドライブしていたはず。あの二人が乗っていた車とは全然違うけれど。
「-名前2-」
「ん?」
「あんたが地獄落ちようとすんなら、一緒に落ちたるからな」
「……どうしたの急に」
「翔真とかと違って衝動的に人殺しとかするタイプちゃうやん。だから、-名前2-がどうしてこないなことしたかは聞かんけど。でも、背負うもんは一緒に最後まで背負ったる」
「………わたしが男だったらほんとに吉乃に求婚してたかもしれない」
「女とか男とか関係なく-名前2-のことは好きになってたと思うけどな」
 はははと笑って流したわたしを見て吉乃は「本気やぞ」と言う。知っている。彼女がどれほどまでにわたしのことを持ち上げるのか気になっていたのだ。
「それで、あの死体はどうするの?」
「うちのじいちゃんが」
「えっっ」
「懇意にしてるおっさんの庭で丁度いい穴が空いとって」
「う、埋めるの?」
「まさか。ちょこっと仕掛けておくんや」
「でも、いつかはわたしが犯人ってバレるんだろうなあ」
「それも大丈夫や」
「え?」
「言ったやろ、地獄に一緒に行ったるって」
 吉乃はばっと手袋も何もつけていない手のひらを見せた。片手ハンドルは危ないよ! というわたしに吉乃は「いまサードやからいける!」と返した。
「指紋。わざと、つけてある」
「え」
「最後まで、ゆうたやん」
「吉乃、最悪の餞になって怒ってないの……」
「テルマ&ルイーズみたいで面白い体験やん」
 じゃあブラッド・ピットは鳥葦くんってことぉ? わたしの言葉に吉乃はぶはっと吹き出して「ブラピはもっとかっこいいやろ!」と叫んでいた。

 わたしたちの車は空を飛ばなかった。うしろにあった死体はわたしが思っているよりも簡単に消されてしまった。吉乃はわたしのことを見つめ「告白するなら今のうちやで」と冗談のように言ってくる。
 わたしは告白もしなかった。ただようやく彼女のことを気にして怯え続けていた自分と別れることができたようで本当に嬉しかった。


short+2

来世他人のおはなしは 死体遺棄夢イベントでこういうの書きたいなー、とざっくり書いていたものです。
もっと推敲させる予定。

スラダンの三井はただただ三井寿はいい男なんだよな……とアニメ見てわっとなったので書きました。何度でも蘇らせてくれるCD買ったよ。


不思議、寂しくならないよ

 三井寿という男が不良をやめてバスケ部の道へと戻ったという噂は瞬く間に学校をかけめぐった。いや、彼らについて噂をするとどこからともなくヤンキーに絡まれるので女子たちはひっそりとトイレなどでその話を流していたのだが。とにかく、友達が少なく噂にうとい私でさえも知るぐらいにはそれは広まっていた。
 三井くんという男は不良だった。暴力沙汰もあったし、変なやつと絡んでいたという話も聞いている。パチンコや麻雀にも出没していたらしい。わたしはパチンコ屋は分かっても麻雀をどこでやるかは知らなかったので別世界の人なんだろうなと思っていた。のだが。
 彼はわたしの後ろの席になったと思ったらやたらと話かけてきた。
 ――宿題やった?
 ――プリント見せてほしい。
 ――ペンかしてほしい。
 ――昼飯どこで買ってんの?
 いろいろ聞かれる度に私は吃音をならして答えるのだった。三井くんのような男はとても苦手だった。私みたいなつまらないやつにどうして話しかけるのかもよく分からなかった。
 いつも一緒にご飯を食べる友達からは「好きなんじゃない?」と笑われたけども、私にはただただ自然災害のような気がしていた。少女漫画だったならもっと好感度があがるポイントはあっただろう。おそらく。現実はそうでもない。
 彼がそんなふうに私に話しかけてきたのは席が近い時のみだったけれど。それでも怖くて怖くて仕方がなかった。次第に私は担任にとにかく席替えをしてくれるよう頼んだが、学期が変わるぐらいにしかやりたがらないし、三井くんの出席率がいいからという嫌な理由で私の願いは却下されたのだった。
 それでも、三井くんがバスケ部に戻ったということはきつもと私にも何かいい影響がある気がした。なにせ、キャプテンの赤木くんという人がどれほどいい人なのか、私はよく知っているから。三井くんも、赤木くんにしごかれていれば私にちょっかいかけるとかそういうこともないだろう、と。なんとかあの非日常のような息苦しい世界から逃げられるのかな、とホットしていた。のだが。
「なあなあ、-名前1-さん。ここどーやんの」
「はい……。そこはですね……」
 余計にひどくなってしまった。不良の時でもバスケ部に入ってからでも彼は変わらなかった。ことある毎に「-名前1-さん……」と声をかけてくる。朝読書の本なんて自分で適当に選んでほしい。私がオススメするような本なんてまともに読まないだろうに。
 だが、私は友達は少なくバスケ部に知り合いもいない。お宅の三井うんという人に困ってるんですけどどうにかなりませんか、なんて言えない……。

「いや、やっぱりそれ好かれてるよ」
「絶対嫌なんだけど」
「嫌がる素振り……は無理か」
「三井くんとそんなに仲良くないしさ……。断るにしても伝え方? が分からない」
 私の言葉に友人は唸っていたが「まあ、アプローチの段階だしね……。マジで告白してきたり、デートとか誘われたらキッパリいけば?」と言い出した。縁起でもないこと言わないでよ、と返した私は神様に見放されていた。
 放課後、私は三井くんに告白された。
「俺、三井寿は、-名前1-さんのことが好きです」
 俺と付き合ってください、と手を差し出す彼を見て私は彼に断られるという感覚はあるのだろうか、と怖くなった。彼は不良だった。今は違うけれど、確かに、彼は悪い噂がついていた。私にだけ優しいとか、そんな甘いことを考える暇などなかった。
 返事ができない私をみて三井くんは「……怖がらせたか」と聞いてくる。
 こわかった。彼を断って私はどうなってしまうのか。たたでさえ友達も少なくて、高校ではひっそりとこっそりと過ごしている人間だった。他人から陰口を言われていても我慢してきた。三井くんと付き合ってるんじゃないかという噂をされても我慢してきた。
 怖くて、泣きそうで、我慢していたことがなぜかその時になって一斉に押し寄せてきた。
「三井くんが、こわかったの」
「……」
「ごめんなさい、付き合えません」
 私は逃げるようにして教室から出ていった。



 三井くんのいるバスケ部はインターハイに出たがベスト16という結果で帰ってきた。私はそれがよい結果なのかどうか分からなかったけれど、彼を尊敬する不良たちの叫びからどうやら前回の優勝校を打ち破ったらしいことを知った。
 それでも優勝はできなかったのだ。彼らの運命はそこまでだった。
 世の中には、どれだけ願っても叶えられないことがある。人生とはそういうものだ。仕方がない。
 三井くんが私のことを好きだというのは色んな人に伝わっていたらしく、私が彼をフッたとき「どうしてだよ」という言葉をかけられたのは少なくなかった。でも、そんなことに理由なんてない。湘北高校が負けたことに理由がなかったように、私が彼を好きにならないこともまた同じだ。
 ただ、バスケ部の後輩だという二人組には困ってしまった。ミッチーはいい人ですよ、と赤髪の一年生は必死に伝えてくれた。それでも私は三井くんへの気持ちが変わることはなかった。でも、以前のような「疲れる」感覚ではなかった。私が困っている、と三井くんが察したのか二日ほどでその質問の嵐はやんだのだった。
 三井くんの察しの良さがどうして恋愛面において発揮されなかったのか、それはちょっと謎だが、彼も恋愛には夢を見る人だったのかもしれない。
「-名前1-さん」
「………うん」
「勉強教えてくれてありがとな」
「ぜんぜん……。インターハイ、お疲れ様」
「! ああ、あんがと!」
 三井くんとは友達ではない、微妙な関係のままだ。彼から無闇にアプローチをされることはなくなった。その代わりに、というか、普通に勉強を教えてほしいと言うようになった。赤点があるとインターハイに行けないから、という真面目な理由を知ったら断る気はなかった。
 三井くんは私に謝らなかったし、私も彼に謝ることはなかった。三井くんのバスケをする姿を私は結局最後まで見ないで終わった。
 三井くんは怖い人ではなかった。


short+3

前にTwitterで投稿していたものみっつです。

余談
てがろぐでわざわざ原作をカテゴリー分けしてたけどしなくてもいいかもな……感が出てきたので今はどうしようか考えています。


しあわせを押し付けていいから

 転生トリップした先がファンタジー世界というものはよく見るけれど。まさか、自分が「八咫烏シリーズ」にいくことになるとは思わなかった。
 とにかくハマって読んでいたこの作品のなかでも、特に名前をあげられやすい「あせび」様。それが、今のわたしの主人である。ただ、今の彼女はまだその名前がない。二の姫様。それが呼び名だ。
 この家での生活は、まるで囚人のようだった。わたしたち二の姫つきの女房たちは本邸の女房たちからも軽んじられている存在だった。初めの頃はひどいと思っていたが、いつしかこの待遇に納得もするようになってしまった。自分の仕える主人が分かりやすく「なにもできない女」であるとわかった時のあの絶望は一体どんな言葉にすればいいのだろうか。
 あ、この子は傀儡とも呼べないようなものなんだ!
 自分のことは自分で決めましょう、と生きてきた令和の人間からしたら分からないタイプの女だった。
 貴族の娘なので下民と呼ばれる存在のことが分からないのは仕方がない。でも、彼女にはもっと大切なモラルとか、そういうものがなかった。
「お前はわたしにいつも厳しいわねぇ……」
 彼女のその一声により、わたしはこの組織の中でいじめられる存在になった。本邸の人間が助けてくれるわけでもなし、離れの八咫烏たちは大体が姫さまの味方である。わたしが繕いものをしているのを見て彼女は言った。
「新しいものは買わないの?」
 誰のせいでこんなことになっている、と叫びたかった。自分は侍従とかそういう存在にとことん向いてない存在なのだと思った。
 マリー・アントワネットだってきっともっと教養はあったんじゃないだろうか。そう思う程度にはあせび様はひどかった。
 転生トリップといったらもっとイケメンと恋愛をくりひろげたり、自分の知識を活用して人気者になったりするようなものだと思っていたけれど。そんなことはなく、わたしは侍従としてわたしを貶めた女に仕えている。
 下民たちより少し上、ぐらいの立ち位置になって良かったことは転身する練習をできるようになったことだろうか。前世の記憶があると「自分が、烏に……!?」と思ってしまうので幼い頃の自分よりも転身がとてつもなく下手くそになっていたのだ。それに、自分の着ている着物だけでは寝るのに寒すぎた。そのせいで時たま烏に転身してから眠るようになった。
 わたしは何とかこの邸で生きていくことをおぼえた。

 あせび様が名前をもらうことになる、あのきっかけがやってきた。つまり、若宮の妃候補に選ばれたのだ。
 ご当主はニコニコとしているけれど内心でなにを思っているのかさっぱり分からなかった。あせび様は既に姉を下民に襲わせている。あの時の夜のことは今でもよく覚えている。女房たちが争いあうのに、あせび様は泣きそうな顔で怖いわ、と怯えていた。彼女がしかけたことなのに。
 彼女はほんとうに人の心を読む天才だと思う。こうしたらきっとこう動いてくれる。彼女の期待はほんとうに現実になり、彼女への厄災を振り払ってくれるのだ。そうして問題が起きると「わたし、しらないわ」とそう言って悲しげな顔をするのである。みなはあせび様のような見目麗しくか弱い女性が他人を自分勝手に傷つけるなど思っていない。なぜなら彼女はすぐに虐げることができる存在だから。周りの勘違いと、彼女の天性の才能が悲劇をうむことにきっとご当主は気づいているだろう。
 ご当主の命令により、わたしまでもがあせび様つき女房として中央へついて行かなければならなくなった。身分の低さからわたしは視線を合わせることが許されていない。嫌だ、と握りしめた指はあとで見たら血の跡がついていた。
 あれよあれよと空を飛び、ほかの四家のご令嬢たちにお会いして、あせび様に「あせび」という名前が送られた。周りがどよめく中で本人だけは嬉しそうに笑っていた。囚人番号ではなく、名前を呼ばれたのは彼女にとっては初めてのことだったのだから仕方がない。たとえその名前が毒茸のものだとしても彼女は喜んだだろう。
 あせび様は前よりもわたしに構うようになった。わたしはそんな彼女から逃げたくて、逃げられなくて、精神にちいさな傷を作りながら過ごしていた。
 そうしてある日、あせび様はおっしゃった。
「わたしが若宮さまに嫁いだあとも、おまえはずっと連れていくわ」
 死んでもいいからこの女と離れたい、と思ったのはその時が初めてだった。

――――

 私のことを「姫さま」と呼びながら慈しむその手を話さなかった女房のことを憐れに思った。私のことが好きなはずなのに、どうしてそんなふうに私のことを見るのか分からなかった。
 あなたは厳しい人ね、と言った途端に彼女は私の視界からはいなくなってしまった。そんなふうにされると、名前さえも思い出せなくなってしまった。
 ぼんやり面影しか思い出せなくなった頃に、また会った。偶然だった。繕いものをして自分の着物をなおしている彼女があわれで、悲しかった。けれども、私は彼女のたおやかな髪の毛と器用に動く指と、まっすぐに見つめる横顔が美しく見えて好きだった。私が彼女を守るべきなんだわ、と思ったけれど、私はうこぎが言うようにおっとりとしていて、彼女を守るためにどうすればいいのかはよく分からなかった。
 中央へ彼女を連れていきたい、とお父様へお願いすると扇子でぱたぱたと笑う素振りを見せたあと「私が命じてやろう」とおっしゃってくださった。
 中央ではにこにこと笑って座っていればいい、と言われたけれど藤波さまは私が妃になればいいと言ってくださった。もし、そうなったら。私は絶対に彼女を連れていってあげよう、と思った。
 それを伝えたら、彼女は笑って「ありがたきお言葉、わたしにはもったいないお役目でございます」という。来てくれるのね、というと彼女は笑うだけだった。絶対よ、と念を押して彼女の手をとった。


その燭台は完璧な娘の形をしている

 野薔薇の元にやってきた任務は、ホストの他担から買った恨みが依頼人を蝕んでいるというものだった。ホスト。他担。これらのワードからでも分かるように、依頼人がホストに貢ぎこんでいる女性だと知り、野薔薇はげんなりとした顔になった。田舎に住んでいたのでホストというものには全く縁がない。さらに言えばたかが男にどうしてそんなに貢ぎ、恨みを買うのかもよく分からなかった。
 補助監督がなぜか「すみません」と謝った。向こうがわるい訳では無い。かといって、この依頼人も悪い人ではないのだろう。
「あ、あの……」
「これ、ほんとにやらなきゃダメですか?」
「そう、ですね……」
 ただ、野薔薇にはこのような女性に対して「救い」を与えられるのかは謎だった。

 野薔薇の前に現れた女性はまるでどこかのお嬢様のようなスタイルのファッションでこの人が自分の体を売って金を稼ぎホストに貢いでいるなんて言われても絶対に信じなかっただろうなと思った。
 この人がホストに貢いで、ほかの人にマウントとって恨みを買ったの? マジ? あんぐりと開いた口からそんなことを読み取られてしまったのか、依頼人は「ホスト好きな人間は、みんなこうやって綺麗なカッコするんです」と笑った。嘘か本当か、ホストには縁がないし行きたいとも思わない野薔薇にはよく分からなかった。
 ただ、歌舞伎町で待ち合わせをして、彼女があらわれた瞬間周りの人間の目の色が変わったので「そういう女」として見られているのは肌で感じ取れた。
 カフェにでも行きましょうという彼女に、話しかけようとする男たちもちらほら居たがどう見てもナンパとかスカウトのようには思えなかった。
 チェーン店のカフェに入ったあと「今の人たちって……」と思わず質問をしてしまった。任務には関係のないことなのについ。
「外注に会うのって初めてですかね……。あ、でもお若いからたしかに……」
「ガイチュウ」
「いまは客引きとかできないから、そうやって請け負った人たちがいるんですよ」
 わたしの仕事もそうやってまわしてもらうことありますし、と言う彼女はセックスワーカーとしての経歴がそれなりに長いのかもしれないと思った。これ以上の深堀はやめよう、と呪いの被害について話を聞くと「わたしは怖くないんですけど。彼の方が怖がっちゃって」と言い出す。
「彼?」
「はい。ホストなのに女の怨念が怖いとか今更なのにね」
 話をちゃんと聞いてみると、依頼人の女はどうやらホストの男と同棲をしているらしい。でもお店にはいくんですよね? と聞くともちろん~と笑って返された。
「そういう関係性なんですよ、エースとホストって」

 家に案内されると、中は想像以上に呪いの巣窟となっていた。補助監督が男だったために「彼に申し訳ない」ということで中に来たのは野薔薇しかいない。
 中にあった呪いに関しては随分とお粗末なもので、この空気の淀みは本当に恨みつらみを重ねてできたもこのだと認識させられる。お粗末なものだがとにかく量が多いのだ。
 彼女いわく、ホストがスピリチュアルで売っているのでその分他担の女もそういうものにハマりやすいんじゃないかということだった。
 まるで自分は違う、という素振りの女に野薔薇はなんとなくトゲのある口調で返した。ここにあるものひとつに力は少なくとも、溜まれば害あるものだ。きっとホストだってそれは分かったのだろう、本能というもので。
「……あなたは、うちを知ってるくらいだけど信じてないんですか?」
「知ってますよ。でも、見えないものはいないものも同じだから」
 この女とは合わねぇな、というのが正直な感想だった。依頼人は野薔薇の藁人形を見て「こういうのって自作なの?」とからかうように笑っていたが一通りの仕事を終えたと分かると「それじゃあ帰ってもらえる?」と野薔薇を追い返すようにつっけんどんに言った。
 補助監督は苛立ってエレベーターをおりてきた野薔薇をとっ捕まえて「無事でしたか!?」と慌てて聞いた。
「無事もなにも普通に終わらせてきましたよ」
「そ、そうでしたか」
「なんですか……。もしかして、あの人が本当はあの部屋の住人じゃないとか言い出しますか?」
「そんなことはないです」
「はぁ」
 ただ五条さんから「嫌な予感がする」という連絡が入った、と言われ野薔薇は我慢していた堪忍袋の緒がきれた。可愛い一年生をそんなめんどくさい事件にひとりで突っ込むんじゃねぇ!!


 この話のエンドロールは突然にやってきた。ある日、野薔薇がチェックしていたSNSでホストが昼間から飛び降りをしたというニュースが話題をかっさらっていた。
 どう見ても自殺には見えないような捻れたホストの写真がアップされていた。すぐに野薔薇はスマホを閉じた。グロテスクなものに心がやられたわけではない。呪術師として今の画像が一体どういう意味を持っているのかが分かってしまったのだ。
 あの依頼人は、きっと我慢ができなかったのだろう。呪いの写真はSNSで拡散され、ホストという話題にひっかかった人間たちを伝播することだろう。そうして、目当ての人物を殺しにいくものだ。
「……勘弁してよ」
 野薔薇は、実際にあるものをもとにその呪いを伝って持ち主へと送り返すことを技としている。今回の事件は野薔薇は対応する術を持っていなかった。
 そしてあの女は、きっと野薔薇の技を見極めてわざと実行したのだ。
「見えないものは信じない」
 野薔薇が見せた技だけをほんとうに信じきって彼女は実行したのだ。脳裏であの美しい女が笑っていた。


ラブみてえ

 まだ高校生だったころ、ひとりのほうが楽だとひとりで過ごしていたら周りから「ぼっち」と笑われるようになった。まだそこまでの自尊心がなかった自分はその笑いに耐えきれなかった。
 そこで恋人を学校の外に作った。その方が気楽だった。自分の若さはそのまま誰かが惹かれる要因になることはよく分かっていた。
 目をつけた男は簡単に恋人にはならなかった。未成年だし、と私のことを遠ざけようとしていた。どうしても、と頼み込んで恋人になった。社会人の彼氏がいるというステータスは自分の心を慰めてくれた。

「お前さあ、そういうの良くないぞ」

 芹澤は、私が襲われているのだと勘違いして勝手に助けに来たのだった。そして恋人だ、と聞かされると「あいつ、どう見ても成人じゃん」という。
「そうだよ」
「で、女子高生と恋愛? 正気じゃなくない?」
「かもね」
「かもねって……」
「でも、いいの。わたしがそう決めたの」
 私が、わたしとして、幸せになるには、そうするしかなかったのだ。
 芹澤は考え込んだあと「それって本当に幸せなん?」と聞いてきた。私は何も言えずに彼から逃げた。
 家に帰って彼氏にLINEを送ったが、ブロックされたのか一向に既読にはならなかった。
 芹澤のLINEアカウントは、クラスのグループチャットから見ることができた。彼のアカウントを追加したあと、文句を言うと「真っ当な恋しろよ」と返事がきた。本当に最悪だと思った。

 大学生になり、自分も成人済みの女性になった。未成年だ、と線を惹かれていた自分はもういない。大学ではひとりでいても特になにか言われることもない。だが私は恋人がいないことが不安だった。いなければ、なにか、言われるのではないかと。恋をしていなければ、人として認められないんじゃないかと怖かった。
 私は手っ取り早く芹澤に告白をしてしまった。彼とはあの事件のような事故のような夜以来、ずっとLINEの友達を続けていた。芹澤はうなずいてくれた。
 芹澤とキスやセックスをしたいわけではなかった。ただ恋人がいるというステータスが私を安心させるのだった。
 芹澤は「お前って、俺のことが好きなわけじゃないよな」と何度も確認するように聞いてきた。私はその度にうなずいてみせた。
「……俺たち、本当に恋人?」
「そうじゃなかったらなに?」
「……さあ」
 芹澤と私はずっと恋人のままである。ただ、彼が突然車を壊して帰ってきたあの日からなんとなく変わったように思う。タバコをいつの間にか咥えるだけになった彼は私に「もうこういうのやめないか?」と聞いてきた。
「……別に、いいけど」
「あ、いや。嫌いとかそういうわけじゃなくてさ! 俺、ちゃんと付き合いたいんだよ。ちゃんと、恋人になりたいんだ」
「でも。わたし、恋人とか知らないし」
「は?」
「恋愛感情がないんだと思う。世界が滅ぶとしても、わたしはセックスしたくないしキスもしなくていい。ひとりじゃなければ、それでいい」
 芹澤はショックを受けたような顔で咥えていたタバコを握りつぶした。私はこれだけ一緒にいた芹澤がわたしのことを1ミリも理解できていなかったのだなあ、とおもって笑った。
「ごめんね、セックスさせてあげられなくて」


short+1

木虎と顔がいい女の話。前にギャレリアにもアップしたものです。


あなたのうつくしい孤独のはなし

 まあ、自分の顔がそれなりにこの社会で生きていくことに有利なことは分かっていて。わたしは微笑むことで「生きる」ことの優位さを知ったのだった。
 それと同時に、わたしの可愛さの価値とはなんだろうなーと思っていた。わたしが可愛いから何があるというのか。わたしはテレビに出るような人間でもなければ、ファッションに興味がある人間でもなく、どちらかと言えばひとりで家で過ごしていたい。そんなわたしを周りは放置せず、自分たちのグループに入れることに力を入れていた。わたしはそれに流されるしかなかった。戦う力は持っていなかった。
 周りとの輪とか、なんか、そういうものを大事にしていたらわたしはいつの間にか抜け出せないようなところで大きなミスを犯した。
「どうして、こんなことしたのよ!!」
 母から殴られてテーブルにぶつかったわたしはそのまま落ちてきた食器のせいでひどい怪我をおった。わたしはこれ幸い、と他人のグループから抜け出た。人生ではじめて戦う力をもった瞬間だった。
 昔のわたしはいわゆるオシャレなアクセサリーとか、持ってるだけでみんなが羨ましがるものだった。当時付き合っていた彼氏はわたしを見せびらかすように出歩いて、男気を見せるとか言いながら無理に奢ってきてはそれを理由にわたしに勉強で頼り、大して気持ちよくもないキスをしてきた。わたしを便利な道具にして彼はさぞ楽しかっただろう。
 今のわたしは自分の顔を武器に、自分の力で戦える人間だ。それがとても嬉しかったのに。

「え?」
「つまり、トリオン体であなたの顔の傷を隠してテレビに出てほしいということです」

 わたしは広報部隊に誘われていた。それは実力ではなく、わたしの顔の良さを買ってのことだった。それを真面目に伝えてくるのは上層部なのはバカなのか、それを誠意と思っているのか、もしくはわたしにそれ以上の価値を見いだしておらずわたしのことを「そのために」採用したのか。
 わたしは、アクセサリーとか道具以外に価値をみてもらえないのだろうか。
 わたしが考えてることなんてどうでもよくて、わたしは綺麗な顔でわらってみんなに「きれいな人」とか「いい人」と思われる立場じゃなきゃいけないんだろうか。そんなことはないはずだ。だってここは、ネイバーと戦うための場所なんだから。わたしに求められているのはその戦力のはず。顔じゃない、はずだった。

「……考えさせて、ください」

 それでも出てきた言葉は一言だった。わたしは答えることから逃げた。上層部から伝言を伝えてきた彼は「わかりました」と頷いて去っていった。遠回しに断られました、なんてことは彼は言わないだろう。そんな気がした。

 翌日、わたしは木虎に相談をした。ふたりで教室に向かい合わせに座っていた。みんなは部活に行く時間で、帰宅部の人たちがちらほらと残っていて、わたしと木虎はボーダーへ行く前に宿題を終わらせたくてここに残っていた。周りの声など気にならない、というふうに木虎は振舞っているが彼女が周りからの言葉に敏感なのは事実だ。そして彼女はそれらに振り回されることがあまりない。わたしと大きく違うところ。木虎がわたしは羨ましかった。
 木虎、と声をかけると顔もあげずに「どうしたの」と言われる。大したことないことを言うと思われている。顔をかわれて嵐山隊に誘われている、とざっくりした言葉を言うと彼女はがばりと顔を上げた。そしてふるふると震えたあとぐっと大きな深呼吸をした。

「-名前2-」
「うん」
「わたしは、あなたと同じくらい自分の顔がいいと思ってるの」
「お、おう……」
「だから言うわ。あなたじゃ、実力不足よ」
「めちゃくちゃハッキリ言うね……」
「そりゃあそうよ。同じボーダーの人間だもの。入ってみてやっぱり違いました、なんてことになったらあなたが次に組むチームはあなたへの印象が悪いでしょ。顔だけで広報部隊に選ばれた、なんて」

 それはそうだ。木虎の言うことはそれはそれで正しい。ただ、わたしは、傷のあるこの顔でチームを組んでくれる人がいるのかは謎だった。わたしは自分の顔で評価されることがほんとうに嫌いなくせに、それ以外で評価されることがまったく想像できなかったし自分のどこに良さがあるのか、ということも分からなかった。

「……あなたの長所はその目の良さだと思うの」
「え?」
「敵との距離の判断、それは大きな力になるわ。狙いを外さないもの。でも、その視線の先がかなり相手に情報を与えているのも事実だから……、それをどうやって活用するかがあなたのいまの課題なんじゃない?」
「……木虎、すごいね」
「すごくないわよ」

 木虎は照れたようにノートを開いた。勉強に戻りましょ、と言いたいのだろう。わたしの武器は、わたしの短所でもある、か。そんな風に自分の分析をしたことはなかった。

「……わたしの顔の傷って、戦う人にとって視線をとられない?」
「トリオン体で消したら?」
「美人すぎる、とか」
「ならマスクでもなんでもすればいいでしょう」

 わたしの真面目な馬鹿な言葉にも木虎はちゃんと真面目に返してくれる。わたしの戦力を信じてくれているのは、ボーダーでも、わたしでもなく、木虎ではないかと思った。

「木虎がチームを作る時になったらわたしのこと誘ってね。絶対だよ」
「絶対嫌よ」
「ひどい」

 なら、わたしはもっと力をつけて木虎に選ばれるような戦力にならなければ。
 わたしの中に目覚めた目標を見透かしているのか木虎は「まあ頑張ってね」と笑った。


サイト改装

てがろぐで管理したい、と思い改装しました。ちょっとまだ手を加えられてないところが多いのですが、ざっくりはできたと思います。


そこの曲がり角からもう一度わたしたち始めませんか

 立場的には同じである。カテゴリー的には、きっと。ただ、彼女の方が人気だという意味ではわたしたちの立場は同じではないのかもしれない。わたしの動画の再生回数は多くても300回程度である。彼女の動画はいつだって一日ですぐに一万を超える。そしてどんどんと伸び続け、ミリオン達成を祝うコメントがいくつもついていくのだった。それだけ彼女は魅力的で、最高の女だった。彼女の動画にわたしも勇気をもらっている。心を癒してもらっている。けれども、その才能に嫉妬しないわけではない。
 聞いているうちに涙が出てくることが何度かある。彼女は歌を歌うVTuberだ。そしてその才能は唯一無二と言われるほど。音楽番組にもVTuberとしてそのまま登場し、スクリーンの向こう側から観客をおおいにわかせた。最近では年末のあの歌番組にも出演するのではないかともっぱらの噂である。
 わたしも歌を歌っている。趣味の範囲なので、勉強しているわけでもない。歌うのが好きだったのもあるけれど、ニコニコ動画の歌い手の影響の方が大きかった。歌い手っていいなあ、と思いながら大きくなっていきバイトをして自分でお金を稼ぐようになったときにはVTuberという職業がすでに世界にあふれていた。
 わたしは美人ではないし、コミュニケーション能力もあんまりない。歌い手は人気になると露出が激しくなる。しない人もいるけれど、わたしはやっぱりいつかライブをしてみたいと思うし、その時に観客をこの目で見てみたいと思う。そのためには、VTuberになった方がいいと思ったのだ。
 だが、わたしには才能もないので人気度が目に見えて数値化できるのであれば0にとても近い場所にいる。0ではない、と信じているのは高評価がぽちりぽちりと送られてくるからだった。その押されているという実感だけがわたしを安心させてくれるものだった。

 わたしが彼におくったメールの返信はいつまでたっても返らないのに、彼女にはすぐに返しているのか「めちゃくちゃマメでありがたいよ~」と配信で話しているのが聞こえた。ゲーム配信はその人の素が見られることが多く、好きな動画だった。ゲームをしている相手が、自分も知っている人物であるとわかったのは、彼の方からバラしてくれたからだった。
「俺ね、なんとあのウタさんと仕事ができるようになったんですよ!」
 他愛もない世間話のひとつだった。彼はVTuberデビューしたいというわたしの願いを聞いて手伝ってくれた。動画撮影のやり方、配信画面の作り方、Twitterで必要なタグはなにか。会社と契約しているわけではないので、非常に細々としているが準備することは楽しかった。
 そうして、今でも分からないことや心配なことがあれば彼にメールを送っている訳だが自分への返信は2週間ぐらい放置されることもざらにあり、反面、ウタの動画にはよく出演している。まあ。まあ、仕方がないことかもしれない。ウタと自分を比べたら月とすっぽんもいいところである。人気度で例えるならば、宇宙とすっぽん。スケールの比べようもない。だから、そう。返信がないとか、彼のTwitterでわたしの動画が紹介されたことがないとか、そういうことを気にしていたらメンタルばかりが消耗していてダメになってしまうのだから。



 ウタのデビューは鮮烈だった分、彼女に対するアンチやヘイトのコメントも少なからずあった。ウタの性格は、そんなものにくよくよ悩むことはなかったが、ただひとつ気になったものがあった。Twitterでふと見つけてしまったものである。
「この人の歌はすごく綺麗だし力強いけど、悲しいよね」
 わたしはこういう歌い方はしたくないな、とリプライが続いていた。
 なんだ、お前。ウタはイライラしながらそのVTuberというアカウントを開き動画を聞いた。歌はどこかの誰かのもの。歌声はそんなに綺麗じゃない。歌い方もまあまあだ。でも、なぜかウタはその動画が好きだった。プレミアム会員になっていたのでオフラインにしていても動画は再生できる。
 何度も何度も聞いてるうちに、ウタはファンになるということを覚えた。 
 いつかCDとか出してくれないかな、めちゃくちゃ買うのに。
 そんな夢物語が叶わないことはウタも分かっている。なにせ、彼女の動画の再生回数はめちゃくちゃ低かったからだ。なので、せっせと投稿された動画には高評価ボタンを押し続けた。ファンがいるよ、と伝えたかった。コメントもつけた。ウタの公式アカウントですることは制限されていて、仕方がなく別のアカウントを作った。それは、ウタ自身が「推しに認知されるのはそれはそれでなんか違う」というファンの心理を得たからでもあった。
 彼女のTwitterも、フォロー用につくったアカウントで見に行った。あまりTwitterで呟かないので通知がくるようにして。彼女を見つけたあのコメントは、今ではもう削除されておりウタのスマホのスクショにしかない。それでもよかった。出会えたことが奇跡だったから。
 本当はウタとして彼女とコラボしてみたいが、彼女は企業でVTuberをやっているものではなくほんとに個人として細々とやっている人である。なかなかコラボレーションのお誘いをかけられなかった。ファンとして、会ったらまともにしゃべれない自信もあった。
 彼女が歌を歌う配信以外にもちょこちょことゲームやおしゃべりなどの動画を投稿するようになった。やってみろ、と誰かがおすすめしてくれたらしい。見知らぬ誰かに「よくやった!!!」と声をかけながらウタは動画を追いかけていた。もしかして、ゲームとかなら対戦と称してコラボレーションしやすいかもしれない……! そう思い、自分もゲーム配信をはじめた。ウタは自分の才能をよく分かっている。類を見ないほどの「歌姫」としてウタは君臨してしまった。そこに彼女を呼び出せば、あの頃のアンチやヘイト以上のコメントが募るだろうことも分かっていた。だがゲームならウタは、残念ながら、そう、そんなに、うまくないので。彼女とだってコラボすることが万が一の可能性であるのである。0に近しい可能性のことを考えてウタはにっこりと笑う。推しがすこやかに生きていてほしい。あわよくば自分とコラボしてほしい。ウタはもはや信仰にも似たなにかで彼女のことを推していた。
 ある日、中堅と呼ばれるようなゲーム実況の人とコラボすることができた。あまり有名ではないゲームだったが、どうやら彼の実況がおおいに「バズった」らしく、その時にウタの話が出ていたことが関係してコラボ企画にいたったそうだ。
 彼はとてもいい人だった。ゲームについての知識が深く、連絡もマメにしてくれるのでこちらとしてもやりやすかった。
 ゲーム配信は何回か分けて行われることになり、ふたりの都合が合う日に細かく動画を撮り溜めしていった。
 日が空けばその分感覚を忘れてしまうこともあるが、彼のサポートは丁寧で、ゲームの合間にはいる雑談でウタのこともリラックスさせてくれる。こうやって人気をつくっていくのだな、と感心していたら話題はVTuberの方にうつっていった。
 俺の知り合いもね、VTuberやってるんですよ。個人だけどね。Vとしての名前が――と言い出した彼は、聞く限り、ウタの推しの中の人をよく知っているわけで。
 え、中の人知ってるなんてずるいよ!!
 ウタは思わずそう叫んでしまった。


ほぼひとしいから大丈夫

 その婚姻届が出された日よりも前に、彼女の夫はすでに死んでいたことが明らかになっている。つまり、彼女は死体と結婚したことになる。
 どんな罪になるのか、と色々ともめたが死体遺棄容疑で捕まることとなった。彼女は現行犯逮捕をされた。微笑んで死体に向かって「わたしたち、いつまでも一緒ですからね。大丈夫ですよ」と声をかけていた。
 彼女は事情聴取の場でとても丁寧な受け答えをした。精神的に不安定ということはなかった。まっとうに、あの男が死体とわかったうえで、結婚をしたことを話した。
「あなたの夫は、死体ですよね?」
 高木刑事に出された質問に彼女は「そう見えていませんでしたか……?」とまるでこちらの頭がおかしいように問いかけてきたのである。
「……。死体であるとわかった上で、婚姻届を出したんですか?」
「はい。あの方はわたしが出会った時には死体になっていました。でも印鑑等はありましたから」
 別の人間にサインを書かせ、そして婚姻届を提出した。もちろんこれも犯罪にあたる。彼女は「あらあら、悪いことしちゃったわ」とサインを書いた人間にさして悪いとも思ってないような顔でそう言った。
 彼女はまぎれもない犯罪者である。証拠は出揃っておりすぐにでも裁判にかけられるだろうとは思う。けれども、佐藤美和子は彼女の結婚したかった理由がいまだによくわかっていない。それなのに、もう裁判にかけていいものか分からなかった。
    
 缶コーヒーを選ぶとピピピ……とルーレットの音がしてもうひとつ選べることになった。迷いながらももう一個コーヒーを選ぼうかと思ったら「悩んでるね、佐藤刑事」と声がかけられた。ひゃっ、と指がボタンにかかる。エナジードリンクが落ちてきた。
「……ごめん、変な時に声かけちゃった?」
「大丈夫よ。……コナンくん、コーヒーって飲める?」
 コナンにコーヒーを、自分はエナジードリンクを飲む。なにか悩んでるの? と繰り返すコナンに「ちょっとねぇ……」と佐藤はにごした言葉で答えた。死体と結婚をした女、という話はなんと説明すればいいか分からなかったのだ。小学生に変なことを教えたくないという気持ちもあった。
「……いま、巷を騒がせている死体愛好家……の話だったりする?」
 げほ、とむせた佐藤に「大丈夫!?」とコナンは心配したような声をあげるがむしろ佐藤からコナンに聞きたかった。どこでそんな言葉おぼえてきたの? と。
「……君に隠し事はむずかしいね」
「えへへ……」
「照れることじゃないわよ。……全く、こんなことにまで首を突っ込まなくてもいいのに」
「だあって……」
 コナンが苦笑いしながらも話を聞きたそうにしている。本来ならば絶対にしゃべらないが、佐藤はこの立ちはだかる「黙秘の謎」を小さな探偵に依頼して解いてもらうことにした。
「……彼女はね、死体とわかった上で結婚したらしいの。その理由についてはまだ黙秘されたまま。現行犯逮捕だったし、このまま裁判に持っていってもいいんだけど……」
「それはまだ、って思ってるんだ?」
「……。結婚って、大きなイベントじゃない? それを、死体とわかった上でするって結構なことでしょう? しかも彼女は別に死体愛好家とかそういうのじゃないらしいのよねぇ」
「そうなんだ?」
「本人曰く、ふつうに男の人が好きってことらしいわ。このふつうにっていうのは、生きているって意味らしいけど」
 コナンはふむ、と顎に手を当てて考えていたが情報があまりにも少なすぎる。レクター博士を相手してるみたいな気分よ、と佐藤が言うので「じゃあさ、映画みたいになにかお話をしてみたら?」と試しに言ってみた。せめて情報がないと推理もなにもないのだから。佐藤は「そうね……」と気のない返事をしていた。
    
 は連れ出されてもニコニコとしている。佐藤はふと、「あなた結婚式とかあげた?」と聞いてみた。
「いえ、彼は死体だったので」
「それじゃあ、ウエディングドレスとか憧れはないの?」
「着れなくてもわたしはわたしですから」
「……死体とは、どこで会ったんだっけ?」
「樹海です。自殺しにいっていたので」
「そこで、死体と出会った?」
「はい」
「どうして結婚しようと思ったの?」
「さあ、どうしてかしら。でも、しなきゃいけないと思ったの」
 はけたけたと笑うだけだった。そこから何度も聴取が行われたがはのらりくらりと躱すだけ。佐藤の方も上から「さっさと検察に引き渡せ」という命令がのしかかり終いにはを見送ることとなってしまった。
 今日で終わりよ、と言う佐藤にはふっと笑った。
「わたし、あの方が男性とは一言も言ってないでしょう?」
    
    
 女の死体と、結婚した女はその後の裁判で自分の無罪を主張しようとすることもなかった。裁判官にも結婚の理由を明かすことはなかったので陪審員たちの印象もよくなかった。
 ただ一言、彼女は奇妙な言葉をのこしている。
「死んでみないと、自分の夢って叶えられなかったりしますから」


迷惑でなければ僕らが抱き合って眠る一行をどうかください

 わたしの好きな人にはもう既に幼なじみという恋人のようなそんな存在がいて、わたしは恋を自覚した時にはもう諦めなければならなかった。

 わたしはどうやら「胸が大きくてエロい」女と思われているらしく。わたしが作ったものは男の人にたいしてちゃんと見てもらっているとは思えないが彼らは積極的にチャレンジしてくる。
 つまり、話すきっかけとしてわたしが作った手芸用品を褒めにくるのだった。それいいね、と言いながらも彼らが見ているのはわたしの体だ。ほんとにー? うれしいー! と精一杯かわいい声を出しても、彼らが見ているのはわたしの顔でもなく胸だったりする。
 好きで大きくなったわけではなかった。重たいし、運動するのも辛くなるし、可愛い柄の下着が手に入らない。夏はとにかく暑くて傷ができることもある。洋服も胸が入るものを選ぶことが第一で、自分の好みなんてちゃんと考えたことがない。
 わたしは、可愛い女の子になりたかった。それで、可愛い女の子と付き合って、ふたりでおばあちゃんになるまで暮らすのだ。
 まあ、そんな夢物語は叶わないだろうとは思っていたけれど。それがハッキリと「幼なじみの男の子がいるから諦めましょう!」と突きつけられるのは胸が苦しかった。だって、わたしが幼なじみとして出会っていてもきっと彼女はわたしのことを好きにならないから。女の子は、男の子には勝てないのだ。
    
 デートしませんか、と言ってくれたその人はわたしの顔をちゃんと見ていた。いつもふざけているような男子だし、とそんなに好感があったわけじゃないけれど。わたしが作った刺繍を見てものすごく褒めてくれて、手芸についても調べてくれて、ほんとに頑張ってるのが伝わってきて、デートしてもいいかな、と思ってしまった。
 わたしがデートすると決めたことは女子の中ではいちはやく広まった。つまり、わたしがどんな奴を相手にするのか、自分の好きな人がわたしの「エロ」に引っかかっていないかを気にしていたのだ。
 そんなに冴えない男だとわかった時、彼女たちはものすごい勢いで頑張れと応援してくれた。今のうちだ、と思っているのがすぐにわかった。彼のことを好きな人がいたら申し訳ないけれど、多くの女の子は自分の恋のためには容赦ない。
 わたしのことを本当に応援してくれたのは、ごくわずかだった。その内のひとりが、わたしの好きな人だった。そりゃあそうだ、と思う。彼女には好きな人がいるんだから。寂しさをおぼえるのはお門違いと分かっているけれど、辛かった。
「……蘭ちゃん、時間があれば一緒にデートの服見て貰えない?」
「え? もちろん~~! でもいいのかな、わたしなんかで……」
「蘭ちゃんがいいんだ」
 今度の休日、わたしは好きな人とデートをする。それはわたしが彼女をあきらめるためのデートに着ていく服を選ぶ日だ。わたしは彼女に選んでもらった服を着て、たいして好きでもない男の人に会いに行く。大丈夫。きっと、いい恋になるだろう。


乱暴に光ったり

 わたしの友達はいわゆる「良家のお嬢様」だった。彼女は少し意地の悪いところもあると勘違いされることもあるが、身内の人間にはまっすぐすぎる子だった。わたしの今をみたら、彼女はなんと言うだろうか。
 かわいそう? たすけてあげる? きっと彼女はわたしのために頑張るだろう。彼女にはそれができる力があるから。でも、わたしは彼女に頑張ってほしくないのだ。彼女に傷ついてほしくなくて、わたしが我慢すればいいだけで。それだけでいいのだ。
    
 久々に会った友達はいつも通り元気そうで、可愛らしいブラウスをきて、スカートをはいていた。いつもの執事さんは今日はわたしのお願いにより、遠くで待機してもらっている。
「-名前2-、元気してはりましたか?」
「もちろん~」
「彼氏さんとはうまくやっとります? 困った時はすぐにウチに言うんやで」
「ちゃんとやってるやってる。疲れてても家事とか手伝ってくれるし、休日はデート連れてってくれるし」
「ホンマですか? ええなぁは。うちもはやく平次くんとデートしたい……」
「あはは! 服部くん誘ってユーエスジェイとか行ってくれば?」
「一回誘ってみたんやけど、和葉ちゃんに邪魔されましてな……。折角のデートスポットなのに三人で行く羽目になりましたわ……」
 それでも行くことは行ったんだね、と思いながら映画館へと向かう。今日観る予定だったのはわたしのワガママにより戦争の映画にした。その映画ならば、わたしは泣いて帰っても「映画のせい」と誤魔化すことができるから。
 紅葉は映画館でポップコーンは食べない。お上品な彼女はそもそも映画を観る時に食事をしたいという考えはなかった。けれども今日は珍しく頼むことにしたらしくと一緒に食べたいと味をハーフハーフでふたりで選んだ。
「平次くんがな、一緒に食べるとおいしいって教えてくれたんです」
 そう言って笑う紅葉はいつもよりとても可愛らしく、わたしは自分の彼氏の話をしているときにこんな笑顔を浮かべているのだろうかと不安な気持ちになった。
 映画の内容は戦争にいく女の話だった。戦争中、女だからと特別扱いされることはない。けれども女であることは揶揄される。それでも真面目に訓練に取り組み、敵兵を殺し、おかしくなりそうな精神を支え合う彼女たちをみてわたしは「あの世界に生まれたかった」と思った。誰かに辛いと頼ること、頼られることを当たり前にしている世界にいきたかった。
    
 ――なあ、何時に帰ってくんの。
 スマホに流れてきたそのメッセージに「4時には帰るよ」と返信をする。厳しすぎるその門限は彼とわたしの約束だ。わたしが何かしらのトラブルに巻き込まれないように。ふたりで一緒に暮らすと決めた時に彼と約束をした。夕方以降は犯罪トラブルに出くわす確率が高い、とデータを見せてわたしに説明した彼にわたしは頷くしかできなかった。
 そしてここは家から一時間ほどはなれた場所にいる。門限まであと57分。
「-名前2-、これからどうしますか?」
「ごめん、わたしもう帰らないと」
「え?」
 ふつうなら、これからゆっくり散歩してどこかお店を見たりするのかもしれない。映画を観終えたばかりなのに。
「ごめん、紅葉。久々に会えて楽しかった」
「あ、ちょっと、!」
 わたしにはもう縁がない高校生の制服を見ながらわたしは逃げるように街中を駆け抜けた。
 電車に飛び乗り、紅葉の洋服を思い出す。流行に敏感な彼女らしいおしゃれな服装だった。きっと雑誌やテレビをチェックして、お店の店員さんとも話し合って、それで、好きな人の好みに合わせたりしてるのかも。平次くんのことを思い浮かべて服を購入する彼女を想像して、過去の自分もそうやって洋服を買っていたと思い出す。
    
 いつからか、わたしの服は彼によって選定されるようになっていた。露出することは彼が嫌がる。それに、自分の体の傷跡を見られたくないので袖が長いものはある意味ではありがたかった。
「自分でも見られたいと思ってんだろ」
 彼はわたしにそう言う。質問では無い。確認でもない。それは彼からの愛情表現らしい。わたしにはその言葉のどこに愛情があるのかなんてさっぱり理解できないけれど。
「だれか男にすがって助けてって思ってんだろ」
 そんなことする暇がないくらいに家の中の仕事があって、スマホだって監視されていて、手紙を出すのもチェックされているのにどうしてそんなことを言うのだろう。
    
 電車に揺られながらスマホを見れば紅葉から連絡が入っていた。
「今度はいつ映画を観に行きます? モミジと共にあらんことを」
 ヨーダのスタンプが送られてきたと思ったら、言葉の一部が変えられる仕様になっているらしくフォースの文字はモミジに変わっていた。ふふっと笑ったわたしはそのメッセージに既読をつけないようにして削除した。彼に見られたらまたなにか言われてしまう。
 残念ながら、わたしにはモミジと共にいることは許されない。


心中り(こころあたり)

 男の人はわりとちょろいやつが多いと思う。イコさんもちょろい方だけど、でもこいつと恋人になるって聞かされたら嫌かもしれない。
「まおりん、ここの答えわかる?」
「……分からんかったわ」
「そっか~」
「-名前1-さん! おれ、そこ分かるよ!」
「えっほんとに? 助かる~。途中式とかもある?」
「あるある、大丈夫だよ」
「あの先生、式を省略するなってうるさいもんね~」
 書き終えたあと彼女は「はい、まおりん」とノートを差し出してくる。答えをうつしてもいいよ、と言ってくるのだ。
「……いいわ、うちは」
「えっ。当たるのこわくないの?」
「分からんもんはしゃあないし」
「細井はボーダーだからこういうのは許せねぇのかも」
「……ボーダーとかは、関係ないと思うなあ」
「えっ、そっかな」
「まおりんはいつも先生に対して正直でかっこいいよ」
 真織のことをフォローしているようでズレた言葉を言う。男の方は苦笑いで「ミョウジさんは天然だよねぇ」と言った。
 真織の隣に座るのは同じく転校生の女の子である。彼女も一時期ボーダーに入っていたが男関係のトラブルがあまりにも多く、その渦中に彼女がいるのでいろんな事情を重ねた上で記憶を消して除隊された。彼女がわるいわけではなかった。ただ、彼女はいい子でもなかった。
 という女はとても可愛い。自分がどれだけ可愛いか分かっているし、男たちに自分をアピールするのも上手い。さっきのようにが困っていたら男たちはすぐにに手を貸す。同じく分からない、と言った真織に対して彼はノートを見せようとはしない。はノートを見せてきたが、正直ちっちゃくて丸い字は中々見られたものではない。めんどくさいとも思う。それに、人の考えを写しただけでは自分の力にはならないと思う。だから遠慮する。ボーダーだからとか、正義感は関係ない。真織にとって自分が嫌なことはしたくないだけだ。
 真織はのことがとにかく苦手だった。

 真織ちゃんに嫌われてるからなぁ、と彼女が言ったらしく。ある日から、真織は男たちから「仲良くしろよ」とやっかみを受けるようになった。あんたたちには関係ないじゃん、と周りの女子生徒たちは真織をここぞとばかりに擁護する。ふだんはが真織にくっついているので遠巻きにしている彼女たちに仲間に入れてもらえてとても助かった面はある。けれども、真織からみるは男たちに囲まれていても楽しそうに笑う顔は見えなかった。
 一緒にお昼を食べている時も女子生徒たちはの悪口を言う。あいつ彼氏をすぐとるからなあ、と。ビッチ、姫扱いされてる、などの彼女の軽さを嘲笑う表現を聞いて真織は怒ることもできなかった。彼女への侮蔑は、当たってないわけではなかった。
 帰り道、ひとりで歩いて帰るを見つけた。皆には「ちょっとボーダーの……」と言えばすぐに別れさせてくれた。の足取りはのんびりと遅く、背負っているカバンには重そうな飾りがいっぱいついている。親につけろと命じられているお姫様のようなキラキラしたアクセサリーは真織が昔憧れていたものだ。
 彼女には自由はない。可愛らしい姿でいなければ親には認識されず、男たちには「付き合いたい」「セックスしたい」の欲望にずっとさらされ、女たちからは「馬鹿な女」「ビッチ」と笑われている。それでも彼女は周りと戦わなかった。ボーダーに一緒にいた頃にその理由を聞いたことがある。
「だって、あの人たちは戦いを目的としているわけじゃないでしょう?」
 彼女はのんびりとそう答えた。ネイバーは侵略してくるから戦う。ランク戦は戦力向上のために戦う。でも、周りの人たちはそうじゃないから。
「だからいいんだぁ」
 真織にとって、はとても強い子だった。苦手だったし、嫌いな部分もあったし、ボーダー内で「付き合えるかも」と思わせぶりな行為をしているのはさすがにどうかと思っていたけれど、強さは認めていた。
 ボーダーを脱退し、記憶をなくして真織と再会した彼女は最初のときと同じように「このアクセサリー好きなの?」と聞いてきた。身内にはどうにもキツい言葉を使ってしまう真織は「ちゃ、ちゃうわ! 変なこと聞かんどいてよ!」と返してしまったが、は「貸してあげようか? わたし、こういうのいっぱいあるの」と言った。本心からの親切で彼女はそう言っていた。

 はもう真織と会話できなくてもいいと思ったのだろうか。折角、女の子の友達ができたと笑っていた彼女はそんな簡単に自分を手放すのだろうか。なんだかイライラとしてきて、真織はの背中に言葉をなげつけた。無音で。ただ口を開いて動かしただけ。なのに、はふと振り向いた。
「……まおりん?」
 しか呼ばないあだ名で、真織のことを見る。どうしたの? 泣きそうな顔してるよ、とが言う。泣かせてんのはアンタや、と怒りたかった。
「ウチのこと、ほんとに嫌いなん?」
「え?」
「やって、ウチにずっと会いに来てくれんかった」
「……まおりん、わたしのこと嫌いじゃないの?」
「き、嫌い、じゃ、ない、わけじゃない、けど」
「うん」
「でも、……。でも、ガッコで、あんたのこと一番わかってあげられんの、ウチしかいーひんのに。家のなかでも一人ぼっちなのに……。ひとりになったら、あんた、また、泣けなくなるやろ」
 ゔぇ、と変な声が聞こえたと思ったらがぐしゃぐしゃの顔で泣いていた。
 ――わたし、まおりんしか友達がいなくてもいいかなぁ。ずっと、まおりんと一緒にいても邪魔じゃないかなぁ?
 ――ええんちゃう? 友達の数とか考えてもアホらしーやん。でも、ウチがボーダー行く時にはひとりでも頑張りや。
 泣きながらぶっさいくにコクコク頷くを見て、明日は家まで迎えにいって手を繋いで登校してやろうかと思った。男じゃなくて、自分に姫扱いしてもらうを見せつけてやろう、と思った。


今日カワイイから出掛けない

 あゆみちゃん、と声をかけると歩美ちゃんはとてとて近づいてきてとても小さな声でわたしの名前を呼んだ。せっせと裾をひっぱるので、しゃがみ込めば耳打ちをしてくる。あたたかな息と、ちいさな声がわたしの鼓膜にとどいた。
「おねえさんに、いいものあげるね」
 えっ、いいもの……? 子どもたちに過去に「いいもの」と称してもらったものと言えば金色の折り紙だとか、ものすごくきれいに保存されたセミのぬけがらだったりする。歩美ちゃんの「いいもの」とは一体……と若干怖がりながら手を広げると歩美ちゃんはいそいそとポケットからなにかを取り出した。
 渡されたものはおもちゃの宝石だった。これ、今もあるんだとビックリするようなおもちゃ。わたしの頃は出店ですくったり、ゲームセンターでとれたものだった。今もゲットする方法は変わらないだろうか?
 昔、友達とみんなで見せあった。お互いにかぶったものを交換したりした。何がいいのか今の自分にはサッパリわからないけれど、宝箱にぎゅっと詰め込んでいたことをよく覚えている。
「これ見た時にね、おねえさんのこと思い出したの」
 わたしの髪の毛は、こんな宝石みたいな綺麗な青色はしていない。インナーカラーとして隠すように入れているので、黒髪に紛れるようなものだ。こんな鮮やかな色はどちらかといえばコナンくんに似合うと思う。
「……わたし、似合うかな?」
「うん!」
「コナンくんよりも?」
「おねえさん、可愛いもん!」
 うわっと思った。今すぐ歩美ちゃんを抱きしめてあげたかった。


額縁をかけて永遠になる

 わたしの小学校時代の初恋の相手がしんだ。ニュースで名前が流れていたが、しらない名前だった。
「三億円強奪事件の犯人……」
 彼女は、まったく犯罪なんて似合わない顔で犯罪者としてニュースで死んだ報道をされていた。
 彼女が死んだところでわたしの人生が変わるわけではない。翌朝、わたしは普通に職場へ行かなければならない。掃除のパートさんに挨拶をして、わたしはデスクについた。授業の準備をしながら、わたしは彼女のことを思い出しては「銀行強盗をしたのか」と考え込んでいた。みんなに優しくて、クラスの中では人気者。わたしはそんな彼女の親友になりたくて、でも彼女は人気すぎてきっとわたしのことなんかただのクラスメートとしか見てなくて。
 わたしは彼女のことが大好きで、本当に大好きで、いやになってしまったのだった。
    
    
 わたしは漫画の主人公ではないので、仕事帰りに突然タムリープするということはなかった。わたしの家は朝のほったらかした食器と共にわたしのことを出迎え、わたしは彼女の死を受け入れるしかなかった。
 かぴかぴになったご飯粒と格闘しながら宮野明美のことをずっと考えていた。あのテレビに映っていたのはわたしの知らない宮野明美だった。彼女にどんな事情があったのかはよく分からない。ただ、彼女の夢は叶わなかったのかもしれないと思った。
 小学校のころ、自分の夢を語る機会があった。わたしは素直にアイドルになりたいと書いた。みんなにバカにされた、消したい歴史である。わたしは本気でアイドルになりたかった。それが、わたしが人を救う職業だとおもっていた。
 明美ちゃんは「妹と一緒に暮らしたい」といった。妹さんは、どうやら今は外国で暮らしているらしく、いつか一緒に暮らすのが夢だそうだ。わたしも彼女もおなじ。家族のために夢を持っていた。
 わたしの姉は引きこもりで、いつも家でアイドルを見ていた。その粘着質な性格のせいで姉はネットではもしかしたらキモいやつになっていたのかもしれないが、わたしは姉に見てもらえるならばとアイドルを目指していたのだ。結局それは叶わなかった。姉はわたしが知らないうちに勝手に立ち直り、自らアイドルを目指したからだ。わたしの夢はどうしようもないくらいに行き止まり、否応なしに変更させられた。
 自分の顔がそんなに可愛くないことは知っている。ふつうの顔と自分では思っているけれど、ある日クラスで男子たちが「自分のこと鏡で見たことないのかも」と言っているのを聞いて恥ずかしくてしかたがなかった。
 ――ある。あるよ。でもアイドルにならないとお姉ちゃんが部屋から出ないんだよ。
 明美ちゃんは次の日、わたしに手紙をくれた。クラスでずっと流行ってた、秘密の手紙交換。クラスの女の子たちが先生の目を盗んでひっそりと回してくれたもの。丁寧にめくると、そこには明美ちゃんの綺麗な字で「絶対にアイドルになれるよ」と書いてあった。彼女がなぜそんなことを書いてくれたのかは分からない。わたしの夢を本気で応援してくれた人は初めてだった。今振り返ると、あれは宮野明美の本心だったのか可哀想と思ったがための同情だったのか。彼女のことだからきっと本心だとは思う。いや、本心だとほかでもないわたしが信じていたいのだ。
 わたしはあの時ようやく宮野明美が好きだと自覚したのだった。
    
 もう、いないんだなあ。
 ずっとずっとお守りのように大切にしてきたそのメモを見て、わたしは彼女の死を受け入れた。


あの風の中でもう一度

REDのネタバレあり
REDの特典小冊子のネタバレあり
ウタとの友情夢 のはず畳む

 夢の中で、ひとりの女の子がずっと泣いていた。ひとりぼっちは寂しいと言っていた。
「あなた、ひとりぼっちなの?」
 思わず声をかけると、女の子はびっくりした顔でこちらを見てきた。赤と白の髪の毛がふしぎな子。おどろくと後ろで結んだ髪の毛がうえにあがるのに、すぐにまた落ちてしまった。
「だだだ、だれよあんた!」
「あなたはだあれ? どうしてわたしの夢の中にいるの?」
「!? ここはわたしの夢よ!」
「そうなの? でも、ここはうちの近くなんだよ」
「え?」
 ぱちん、と音がしたと思ったらわたしは目が覚めていた。
 起きたのか、と声をかけられて頷くと自分の体がずいぶんと大きく感じた。夢の中の自分が小さな子どもになっていたせいだろう。


 数週間後、またあの子に会った。なんと呼べばいいか分からなくて「ストロベリーちゃん」とてきとうに呼んでみたら「ウタだよ! わたしの名前!」と叫ばれた。ウタちゃんと言うと彼女は怒ったような表情でこちらに駆けてきた。
「よーやく会ったな、モンスターめ!」
「モンスターじゃないよ、-名前2-だよ」
「うるさいうるさい! わたしをこんなところに連れ込んでどうするつもり!? 言っとくけど、シャンクスはあんたよりずっとずっと強いんだからね!」
 シャンクスって誰だろう、と思いながらも「ここはわたしの夢だよ」ともう一度繰り返す。ウタは怒ったのか、わたしに殴りかかってきたけれどわたしは彼女の動きがどうにもよく見えてしまいふつうに避けてしまった。
 前を見ないまま向かってきたウタはびたん! っと木にぶつかった。泣くかな? と思ったけどウタは泣かなかった。でも大声でシャンクスという人の名前を呼んだ。夢の中だからそんな人が現れるわけがなくて。でも、ウタはずっとその人の名前を呼んだ。呼び続けて疲れてへとへとになったころ「やっぱりシャンクスはわたしを捨てたのかな」と言い出した。
「捨てられたの、あなた!」
「うるさい! 大声で言うな!」
「あなたが言ったんだよ!」
「シャンクスは良い奴だもん! そんなこと、しないもん……!」
 ウタは泣きそうになっていたが我慢していた。わたしはそんなふうに信頼されているシャンクスという人が羨ましかった。
「ウタ、泣きたかったら泣いていいんだよ。怒ってもいいんだよ」
「……え?」
「いやだーとか、つらいーとかって。口に出した方がいいよ。寂しいとか思ったら言うべきだよ」
 ウタはぐむぐむと結んでいた口をひらくと大声で泣き出した。自分を置いていったシャンクスたちのことが恨めしいと言っていた。 
 ウタが泣き止んだ後、シャンクスはつよい海賊であること。ウタはシャンクスの娘であること。シャンクスに置いていかれて、今はゴードンという男とふたりで島に暮らしていることを聞いた。
 話を聞いていると、シャンクスは略奪をする海賊とウタを育ててくれた海賊と同じ人間とは思えなかった。
 ゴードンが騙してるんじゃないの? と言うと、ゴードンさんは悪い人じゃないもん!! とウタはまた泣き出した。ウタはとっても泣き虫だった。
 ウタはひとりは寂しいという。ゴードンさんも優しいけれど、みんなに会いたいと言う。ウタの手を握りしめるとウタはへにょりと笑って「-名前2-とはいつも夢で会えるもんね」という。次はいつ会えるのか、わたしも分からないけれど「また会おうね」と言って眠りからさめた。



 それからずっと夢は見ていなかったけれど、久々にウタに会う夢をみた。ウタはわたしよりもよっぽど大きくなっていて、わたしたちの目線は全く会わなくなっていた。
 ウタはシャンクスたち海賊を嫌いになっていて、今は自分の歌でみんなを幸せにすることが目標だと言っていた。
「-名前2-は?」
「なに?」
「-名前2-の夢って何? どうせなら、わたしが叶えてあげてもいいけど!」
「うーん、ウタには頼りたくないなあ」
「どうしてよ!? わたしの力が信じられないの!?」
「信じてるけど。でも、わたしは夢は自分の力で叶えたいなあ」
「……-名前2-はつよいね」
「ウタより弱っちいよ~」
 ウタはウタウタの実の能力で、自分の歌を聞いた人をウタワールドへ連れていくことができるのだそうだ。でもここは夢の中なので、ウタワールドは意味がないのだけれど。ウタの優しさはうれしかった。
「-名前2-には、どうやったら会えるのかな。夢の中だけじゃなくて、ちゃんと現実の世界で会ってみたいな」
「さあね、わたしも分かんない」
「……-名前2-って、本当は何歳なの? 絶対同い年じゃないもんね」
 わたしもそれはうすうすと感じていた。ウタの成長とわたしの成長はまったく違う。夢だからだよ、と誤魔化すとウタはぶすくれた顔をしていたがそれ以上はなにも言わなかった。
 現実世界で会えるように、とウタがわたしに貝殻をくれた。トーンダイアルだと気づいたわたしと、よく分かんないけどこれで音が聞こえるよと笑うウタ。ウタは空島へ行ったことはないらしい。
 トーンダイアルにはウタの歌声がはいっていた。心地よいその歌はシャンクスが歌ってくれた子守唄だそうだ。
「なんかね、シャンクスの大切な人がその歌をよく歌ってたんだって」
「へぇー」
 たしかにいい歌だ。わたしも口ずさめば、ウタは「音ズレてるよー」と笑いながら一緒に歌ってくれた。自分ではちゃんと歌っているつもりだが、ウタからすると違うらしい。



 揺さぶられて起きると、レイリーが心配そうにわたしのことを見ていた。目を覚ました時、いつも彼はそばにいる。まるでわたしのそばにずっと寄り添っているかのようだった。
「平気か、-名前2-」
「うん、大丈夫。掠めただけだから」
 船に乗っていようと月のものはやってくる。太ももへ掠めた傷は意外にも大量出血をし、そのまま貧血でぶっ倒れたわたしを男たちはあたふたと看病してくれたらしい。いろんなものが散らばっている甲板を歩いていくと、宝箱を囲んでロジャーたちが騒いでいた。
 ロジャーにつよく誘われ、そのままあれよあれよと船に乗り込まされただけのわたしはただ海をよく知っているだけの女である。海と天候と、見れば触れば進むべき道がわかる。航海士という柄でもないので、わたしはただ船に乗っているだけのクルーだった。宝箱にも興味はない。また分け前の話をしているのかと思えば、ロジャーがわたしを見つけた途端大声で叫んだ。
「-名前2-、なあ、おい、見てくれよ! 宝箱の中から赤ん坊が出てきたんだ!」
「はー? なにそれ」
 どれどれ、と箱の中身をのぞくと本当に赤ん坊が泣きじゃくっていた。一応申し訳程度にタオルに包まれているものの赤ん坊は「盗まれました」と言わんばかりの姿だった。もしかしたら、怖そうなおっさんたちに見つめられてビビってしまったのかもしれない。
「ほらほら、おっさん共の顔を見たら余計に泣いちゃうだろ」
「んだと!?」
「ロジャー、-名前2-の言う通りにしよう」
「くっそ~~! 島にいるガキにはこの髭は喜ばれるってのに!」
 ロジャーたちの騒ぎを無視して赤ん坊を抱き上げる。ウタが送ってくれた歌を口ずさめば、子どもはきゃらきゃらと笑った。真っ赤な髪の毛がきらきら光る子どもだった。
「船長、この子うちで育てない?」
「はあ!? 俺たちゃ海賊だぞ!?」
「うん、だからだよ。この子も将来海賊になるかもしれない」
「どんな理由だよ……」
 シャンクス、と名前を呼ぶと赤ん坊は自分のことと分かっているのかまた笑う。もう名前をつけたのか!? と驚くクルーたちにシャンクスの笑顔を見せると反論する気も持てなくなったのか「赤ん坊ってなにが必要なんだ」とまたざわめきはじめる。-名前2-は乳でるのか!? と失礼なことを聞くクルーは蹴っ飛ばし、わたしはシャンクスをロジャーの腕に預けた。
 赤ん坊……シャンクスは、楽しそうにロジャーのことを見つめていた。


深い青とのお約束

マイ・ブロークン・マリコのパロディ畳む

 わたしの友人が死んだ。自殺と疑われているそうだ。
 ついこの前、一緒に料理を食べた人。わたしのことを同じOLとかって思ってた。わたしのことをふーちゃんと可愛く呼んでた。
 
「ふーちゃんはいつも可愛いな」
 あんたの方がわたしにはよっぽど可愛い子だよって思ってた。運良く日本に来ていてよかった。打ち合わせと称してセックスに持ち込もうとしていた男を殺し、わたしは自分の隠れ家に向かった。友人の家を、探さねばならなかった。
 友人の家に行ってなにをするのか、考えてなんてなかった。行かなければならないと思った。
 行って、-名前2-に叫んでやりたかった。
 わたしがいたのに!! 世界のどこにいたって、どんな男と寝てたって、あんたのメール見逃したことないのに! どんな場所に捕まってても、あんたのために逃げ出して、島国につっこんであんたのいるファミレスにまで車を走らせてたのに! どうして!!
 大切に、無くさないようにしまいこんでいた手紙をひっつかみ、わたしはバイクを走らせた。-名前2-と小さく呼んでも彼女の返事はこない。あの子は馬鹿な子だった。いつも変な男に騙されて酷い目にあってわたしが助けにいっていた。
「どうしてこんなことすんのよぉ……」
 わたしの言葉に-名前2-はにっこり笑って「ごめんね、わたしのせいで」と言った。ほんとうに。ほんとうに、申し訳ないなんて思ってもない顔だった。わたしが髪の毛崩れるレベルで駆け寄ってきたことを心底うれしく思ってる顔だった。この子のことを嫌いになってしまえればよかったのに、まったくそんなことなくて。わたしは何度呼ばれたって彼女の元に駆けつけた。それがどんな時だって。どんな大切な仕事が入っていようと、男とすてきなセックスをしそうになっていようと。彼女からのメールの知らせをわたしは聞き逃さなかった。

 わたしは-名前2-のことをよくは知らない。殴られて笑ってそれでも殴られて、自分の処女をいつなくしたかも忘れてしまったような彼女のことはきっと、-名前2-自身だってよく分かってなかったはず。自分が何者で、どこへ行くのか。まるでシェイクスピア劇の女のように、彼女は訳の分からない激流に飲み込まれて、わたしは必死に彼女の手をつないでた。彼女がどこかにいかないようにずっとつないでた。
 くそっ、くそっ、くそっっ。わたしは普段は絶対に言わないような言葉を吐き出した。-名前2-のバカヤロウ!! そう叫ぶしかなかった。
 -名前2-の手紙の住所はちっちゃなアパートを指していた。ぼろっちいアパート。わたしだったら過ごすことの無い場所。チャイムを鳴らすと、知らない女が出てきた。
「……-名前2-さんの、友人の、藤峰子と申します」
「は、はあ……」
 女は色気も全くない姿で少し考えたあと扉を開いた。話は聞いてます、と小さな声で言う女からは得体の知れない体臭がしていた。
 ずかずかと中に進めば、しょぼくれた背中の男が-名前2-の仏壇の前に座っていた。遺骨。彼女は、まだ墓の下に閉じ込められていなかった。
 がっ。と、わたしは、骨箱にしがみついた。彼女の遺骨がこんなところにあるのはわたしが耐えきれなかった。
「お、おい!! なにすんだ!」
「あんたに、弔われる女じゃないのよこの子は! あんたなんかに、この子を、この子の骨をあつかう資格なんてねぇ……!」
 わたしはこの男が-名前2-の父親だとわかった時に彼女のための仏壇なんてぶっ壊してやると思った。捧げられてるような酒缶も、たばこも、こんなテーブルも。男はまだ何か言っていて女はわたしに叫んでいる。ふざけんな、お前らは、-名前2-の声に、耳を貸さなかったくせに。
「あの子を、強姦して! あの子を奴隷のように扱って! あの子の叫び全部無視してたあんたたちに、守られる子じゃないの!!!」
 わたしはいつも持っているブローニングを構える。撃つわけじゃない。こんな人間に使うのは無意味すぎる。ひいっと叫ぶ男たちを無視してわたしは悠々と家を出ていった。-名前2-の骨箱を抱えてわたしはバイクも捨てて歩いて帰った。どんなに辛かろうと、-名前2-を手放すぐらいなら自分の足がどうなろうと気にしなかった。

 わたしが誘惑したんだってえ、と-名前2-は言う。彼女はわたしから見たら可愛い子だったけど、世間一般の美しさの基準においてはお世辞にも魅力的とは言えなくて。彼女に対するセックスアピールはわたしに対するそれとは違っていた。
 この女なら手を出せる・この女は言い返さない・この女は…… なんて。男たちの欲望を押し固められてどろどろに自分をとかされたような子だった。
 わたしは自分の体の価値をわかっていたし、安売りすることなんて絶対にしなかったけれど。-名前2-は自分の体に価値があるなんて思いもしてない子だった。「きっとわたしが悪いんだね」なんて、思ってもないような言葉で自分のことをほんの少しだけ守っていた。彼女の顔はいつだって殴られた痕が生々しく残っていた。
 
 わたしは彼女の骨をもってまた日本を飛んだ。あそこにいたってわたしは彼女のことを守ってあげられないから。ルパンに「不二子ちゃん、盛大にアソんできたね」なんて言われたけどわたしは何も返さなかった。
 誰からもらったのか忘れてしまった無人島に、わたしは船を走らせた。わたしと-名前2-のための島。わたしと、-名前2-の名前からとって名付けた島。ここにはわたしの好きな宝なんて何もないけど、それでも、彼女にとっての楽園にはなるだろう。
 ざくざくと慣れない手つきで土を掘り、-名前2-の骨をうずめた。土だらけの手を見て、1箇所だけ掘り起こされて土が見える島の表面をみて。わたしはようやく声を上げて泣いた。
 どうしてわたしはこの子を救えなかったのか。どうしてこの子はわたしを連れて行ってくれなかったのか。
 わたしは、-名前2-のためなら世界を敵に回したってよかったのに。
 マーク・トウェインはすてきな言葉を残している。アダムとイヴの日記。わたしはキリスト教を信仰しているわけではなかったけれど、あの愛の形に-名前2-が憧れていたからわたしも一緒に読んでいた。
 アダムにとっては、イヴがいる場所が楽園だった。
 ならば、ここは、わたしにとっても楽園になるに足る場所だ。




 藤峰子さまへ
 今あなたは日本じゃないところでこの手紙を読んでいるかもしれません。わたしを一番にして、なんて我儘を言うわたしにあなたはとても優しかったですね。峰子なんていう偽名で、OLなんていう嘘っぱちの職業で、血と外国でしか嗅いだとこのない火薬の匂いをさせて、わたしのために世界の裏側から駆けつけてくれる女なんてあなたぐらいです。
 わたしはあなたの自由な生き方が好き。峰子が、わらって、男を翻弄して、楽しそうにお金をあつかう手指が好き。
 あなたが幸せになるためにはきっとわたしはいらなくて、いつかは切り捨てられる覚悟をしておこうと思ってました。でも、そんなの無理でした。
 わたしは幸せだと感じるその時に死にたい。峰子がわたしのために駆けつけてくれると分かっているこの瞬間に死んでしまいたい。
 わたしは自分の幸せなんてないもんだと思ってたけど、峰子が本気でわたしのことを心配して怒って泣いてくれるその瞬間だけはきっと幸せだから。
 だから、藤峰子へお願いです。あなたは、わたしのことを恨んで生きてください。それだけでわたしは幸せです。


約束された勝利の女

プロミシングヤングウーマンのパロディ、映画のネタバレあり畳む

 友人がレイプされた。その話までならよくある話と言えばそう。ヤンキー、不良とよばれる人間やひとりで歩く女子高生を狙うクズたちがいっぱいいて、わたしたち女はそれを避けてなんとか狙われないようにしなければならなくて。
 服から可愛い下着をチラ見せするのも、爪を飾るのも、メイクするのも、ただ楽しいからなのに。まあ、それでかっこいい男が釣れたら楽しいし嬉しいなって思うけど。わたしたちが好きでストラップをたらしているのに、それが伝わらない。お呼びじゃない男たちが来るのはめんどくさい。自分を釣り餌にすると、避ける術って結構むずかしい。
 スカートが短いから悪い。そんな格好をしているから悪い。ついていったお前が悪い。と、レイプされた友人は言われたそうだ。そしてレイプした男は平気でまだ学校に行ってるそうだ。わたしはすべて聞いただけ。まあ、ここで嘘をつかれても仕方がない。嘘だとしたらそれまでだ。クソ野郎がひとり減っただけ。
 なぜか男たちからしたらわたしたちのような女の姿を見て、「自分のため」と勘違いしてわたしたちに襲いかかる。お前たちが悪いんだ、と。自分たちは悪い人間だから許されるのだそうだ。くそ野郎ども、しね。
 男の名前は、ココノイハジメ。漢字は知らない。知らなくても別にOKだから。こいつはどうやら他に好きな女がいるらしく、でもその女を抱けないから適当に女をつかまえては殴って犯してまわして終わるらしい。クソ野郎すぎる。
 未来を約束されたうら若き青年をこんなことで警察に連れていく訳には行かない、と学校側が主張したのだそうだ。これはわたしの言葉じゃなくて、わたしの弟の言葉。弟がバカなわたしの代わりに調べてくれた。約束されたってなに? と聞くと「これからも金になる人間ってこと」と言っていた。金。そんなことで友人は自分の体を恨まなきゃいけないことになった。じんけんって、そういうものじゃねーんじゃねーの。わたしの言葉に弟は泣きそうな顔で笑った。
 ――そうだよ、本当はそうなんだよ。
 ――じゃあ、わたしやるわ。復讐。
 弟はとっても賢いのでわたしの復讐に力を貸してくれることになった。姉ちゃんはそれでいいの、と言われたけど。わたしは納得していた。友人がレイプされて泣き寝入りして。それで終わってもらえるなんて、男たちの考えは甘すぎる。

 いい女がつかまった、と連絡が来た。一度女を抱いてマワしてからか、部下たちはおれを時たま呼ぶようになった。それも、赤音さんによく似た女の人の時に。部下たちに自分の性癖がバレているのは恥ずかしいけれど、女を抱くことに抵抗はなかった。もう抵抗する気力もなくなった女を抱くことがある意味ではおもしろかった。
「あ、こんにちは~。ココノイさんですよねえ」
 連絡をうけた場所に行くと酔っ払った金髪の女がおれをみてへにゃりと笑った。赤音さんじゃないことは百も承知。だけれど、おれはこういった女を抱かないとすくわれない。
「飲みすぎちゃいましたか、おれの部下たちが失礼しました」
「いえいえ~。みなさん、優しくしてくれたので大丈夫ですよ~」
 へらへらと笑う女の顔はどことなく赤音さんを思い出させる。どうしてだろう。声も、メイクも体型だって似てないのに。
「……もし、よろしかったら。奥に休める場所があるんですが」
「え~、そんなところにお邪魔していいんですかあ、あはは」
「もちろんですよ」
 自分の顔がいいことはわかってる。存外にセックスできる環境をにおわせると女はにこにこと笑っておれの手をとった。合意、形成だ。

 セックスしようとシャワーを浴びようとすると女がせなかにしがみついてきた。もうヤりたいなんて言い出すから、まあそれもいいかと流されてしまった。ふいに打ちこまれた注射針に、おれは何が起きたのか分からなかった。あは、と笑う女は赤音さんとは似ても似つかない邪悪な姿をしていた。
 おれが、目を覚ますとベッドに安っぽい手錠で結ばれていた。横を見れば、さっきの女が素面で座っている。
「は~~い、約束されたひと! いや、この場合はベッドにむすばれた情けないひと~!」
「……てめえ、何が目的だ」
「あなたがわたしの友達、レイプしたっていうのはわかってまーす。くそ野郎、てめえみたいなくずがいるとこっちは困るんだよ。好きなカッコしてても、人にただセックスさせるだけの女じゃねーんだよ、こっちは! ……はあ。向こうにいるあいつらもころしまーす。でも、あなたはくるしませてころしまーす」
 バカみたいなしゃべりにこっちの頭が痛くなってくる。薬のせいなのか、この女のせいなのか。それに、こいつがいう「レイプされた友人」が誰かもわからなかった。
「おれはそんな女知らない」
「えぇ~~、それぐらい女たちくいものに!?」
 こんな男、さっさと殺さなきゃねえ。わたしってえらい子! 女はなにか適当なことを言いながら近寄ってくる。力もなさそうなクズ女。
「あなた、好きな人いるんですよねえ」
「あ?」
「その人とセックスできないからって、別の女レイプしてあそんでたのしい? かわいそうなクズだね~。クラスにいるオタクよりキ~ショッ。その女のこと考えてオナってろよ」
 何かがぶち切れた。映画でもみたかのように騎乗位の格好でのしかかる女に、足を絡めて勢いそのままに体を持ち上げその細い首をつかんだ。じたばた暴れる女を殴ると、筋肉もない体にはみしりとのめりこんですぐにおとなしくなる。そうだ、女は弱い。こんなことしちゃいけない。わかっているのに体は止まらない。赤音さんにはもう会えない。会えないのだ。おれに力が足りてなかったから。金が、なかったから。
 おまえに! なにが! わかるんだよ! クソビッチが!
 女の体がビクビクと震え出す。顔からは血があふれていた。
 てめーが、先にここに遊びにきたんだろ! セックス目当ての服装で! ナメたこと言ってんじゃねーよ!
 枕を押しつけて声をあげなくさせる。裏切り者の制裁によく使っていた手段。女は気づいたときにはもう動かなくなっていた。なのに、おれは拳を止めなかった。しね、とそう叫び続けていた。

 女は部下たちに呼びかけて適当な場所に捨て、駒をひとり自首させた。
 そういえば、どうしてあの女はおれが主犯だと気づいたのだろうか。今までだってこういうことが起きたときには変わり身を用意してたはずなのに。

 おれの元に、しらないアドレスからのメールが届いた。件名には「本命を忘れられないキショ男さんへ♡」と書かれていて。おれは迷惑メールとして削除できなかった。おそるおそる開けばあのときの女の画像が添付されていた。

 やっほ~~! もう、わたし死んでるよね!? このメ~ルは弟が代わりに打ってくれました あたし、死ぬかもしれないからってことでユイゴン? ってやつで~~す
 あんたの約束された未来は、お金じゃなくて豚箱だっつ~~の!! むこうで男どもとあそんでろよ、キショ男
 じゃあね、じごくで会ったらまたあそぼーね ばいぴ

 ココ! とイヌピーが怖い顔で部屋に突撃する。遠くで、警察のサイレンが聞こえていた。


愛してるよ(びっくりした?)

 ともだちはとても美人だ。エマと仲が良くなったのは町で子供たちを集めて遊ぶ会だった。同い年の女の子はエマとわたしだけだった。
 エマは初対面でつっけんどんに「わたしの友達にしてあげるよ」と言った。あとから、彼女の好きなドラケンに「友達を作れ」と言われてわたしに声をかけたのだと知った。
 それを知るまで、わたしはエマの横にいるのが結構不思議だった。エマとわたしはジャンルが違う。よく、そう言われた。女のジャンルってなに。わたしは聞きたかったけれど、周りはただ笑うだけ。そういうんじゃない、と否定するやつもいた。そういうやつってなに。なにを否定してるの。どうして笑ってるの。わたしはエマといるとイライラすることばかりだった。
 エマとわたしの趣味は全く違う。ギャルのエマと、趣味がなんにもないわたし。エマの夢は女の子らしく可愛く、お嫁さんだった。いつか大きくなったら母がすてた家業を継ぐんだろうな、というわたしはのんびりといつか仏教系の大学へ進むんだろうなとざっくりした考えはあった。
 エマには彼氏がいた。幼い頃からずっとその人だけを追いかけているらしい。わたしは恋人ができたことがない。ほしいと思ったけれど、どうやってできるのか、つくるのか、それすらもよく分からなかった。
 わたしは怯えていた。男が怖かった。でも、周りは恋愛の話ばかりで、男に憧れるものばかりで、わたしは何も言えなくなってしまうのだった。
 エマは嫌なことがあってもすぐに切り替えてしまう。都合のいい頭、と心の中では笑っていたけれどそれが羨ましくもあった。
 いいなあ、エマは。わたしは何もしないのにただ羨むだけだった。

 エマが死んだとき、わたしはざまあみろと思った。そしてわたしは泣いて泣いて学校を休んだ。小学校同様に皆勤賞を狙っていたのに、エマのせいで諦めることとなった。
 翌朝、ベッドの上でエマが浮かんでいた。
 あんた死んだよ。
 わたしが教えてやると、エマは「えー!? うっそ、ほんとに死んだんだ!」とはしゃいだような声を出したあとはーーっと大きなため息をついた。
「知ってるよ、そんなの」
「残念だったね、夢が叶わなくて」
「……ドラケンに、もし好きな人ができそうになったら阻止してよ」
「やだよ」
「なんで」
「好きなやつの好きなやつに新しい恋人ができたら喜ぶでしょ、フツー」
 わたしは佐野エマのことがそれなりに好きだったのだと思う。エマといるとイライラする。でも、それ以上に楽しくもあった。わたしよりも本気で怒って「ジャンルってなによ!」「彼氏とかいなくたっていいじゃん別に!」「あんたら怖いんだからもっと気ぃつかってよ!」といろんなことに叫んで、走って、叩いて、わたしのことを誰よりも愛してくれたこの女のことが本当に好きだった。
 みんながわたしのことをナメた目で見ていた。ブスだから。おもしろくないから。エロくないから。いろんな理由でわたしのことを品定めしては不可をくだす男たちにエマだけが怒ってくれた。それがどれほど嬉しかったのかきっと彼女はしらないだろう。それを知らないから、彼女のことを好きになった。
「……ごめん」
 彼女はわたしの目を見て謝った。わたしはいつも告白の不可の返事が「ごめん」というのが納得いかなかった。人間の気持ちにどうして謝罪することがあるのだろう、と。でも、実際にうけてみるとよく分かる。
 心からの気持ちを突き返さなければならない彼らは誠意をもって謝るしかなかったのだろう。
「しってる」
 だから、わたしも笑った。あんたが泣きそうな顔しなくていいよ、と言いたかった。あんたが死んでからじゃないと告白もできない馬鹿な人間を笑っていいんだよ、と。
「わたし、ずっと、これからもドラケンがすき」
 しってる。しってるよ。
「わたしのこと、好きになってぐれで、ありがどう……」
 泣かないで、エマ。わたしもありがとうって言いたいの。わたし、恋をしていいんだって思ったの。みんなが男の話ばっかりして、そうしなきゃいけないかと思ってたの。でも、ちがうって。女が女を好きになるっておかしくないって、うれしかったの。
 エマはびゃんびゃん泣いたあと、ドラケンのことを見守るためと言ってわたしに取りついていた。自分を殺した男が憎くないの、と聞けば「そういう気持ち、あんまり持てたことないんだ」と笑っていった。わたしが好きになった女は、とてもかっこよかった。


リボンとパンプス

 美人って得でしょ~と友人は言う。サービスをしてもらったり、声をかけてもらったりしてるもんねえと。彼女のお弁当はお母さんに作ってもらったのか、いつも綺麗な彩りとご飯がつまっている。うちの親は冷凍食品をいれない主義なんだって、と言いながら食べるのはおいしそうな手作りの料理たち。
 謎のサービスについてくる電話番号や、話しかけられてこわくてたまらなくて誰も助けてくれないと泣く女のことを、この子は知らない。母親にうとまれ、父親には手を出されそうになり、お弁当はお店で買うものしか持ってきていない女のことをこの子はわかっていない。
「いいよねえ、-名前2-は美人だから 」
 その言葉は、友人にむける言葉なのか。
            
 空を見ながら、この電車をずっと乗っていったら知らない街についてくれないかなあなんて思う。わたしはこの電車の最終駅を知っているし、そこから家に帰る道もよく知っている。だから、最後まで乗ったところで意味はない。空を見たところで意味はないのだ。
「ぬぁーーにしてんの!」
「うぉ、あっ、えっ」
「そんなやばい目付きで空を見てんなよ、女子コーセー!」
 わたしに絡んできたのは志織ちゃんだった。
 志織ちゃん、と呼んでいるが彼女は社会人で結婚している。わたしはただの女子高生。いや、ただの、ではない。弟が歌舞伎役者としてかわれている、女子高生。その世界に入ることは許されないのに、その世界から逃れることはできない人間。
 志織ちゃんも同じ人だった。わたしたちは、そんな意味での友人だった。
「……なんかあった?」
 ベンチに座り、こちらを見る志織ちゃんはこの時間に外に出歩くような職業ではなかったはずだ。なんかあった、はこっちのセリフだった。
 でも、わたしは志織ちゃんの言葉にすくわれてしまった。すがりつきたいと思った。
「美人はいいよねって、当て擦られた」
「アッハッハッハッハッ! なにそれ、誰に?」
「友達」
「あら~~。いやな友達ね」
「……」
「あたしもね、仕事やめてきた。煌三郎と結婚したじゃん? 仕事もついてないしいいかなーって。そしたらさ、後輩が『名家の人はすぱっとやめられていいですよね』って」
 それは。わたしよりもひどい当てこすりじゃないだろうか。出そうになった涙が引っ込んだ。志織ちゃんはにやりと笑っている。
「だからなに? とは言えないよね。お互いにさ、苦労してるとか嫌なことあったよなって思うと」
 わたしは友人のことが嫌いではなかった。好きな人のためにメイクをしてファッションをチェックしている彼女が。自分の将来のためにピアノの練習までする彼女が、わたしにはいつも眩しく見えていた。だからそんな彼女に当て擦られている、と気付いた時「わたしってそんな風にみられてたんだ」と驚いたし美人になりたいのかと思ってしまった。わたしは友人のことを美人と思ったことはなかったことが、すくなからずこの友情関係にひびを入れていたとそのときになってようやく気づいたのだった。。
「わたし、不倫関係を持ちかけられてたんだよねえ」
「え、は、」
「まあ未遂だけどね? 旦那……煌三郎がさ、来てくれてさ。助けてくれたの。『妻になにか用ですか』って。あ、別にヒーローじゃないのよ? 兄弟子の縄張りのホテルだったわけ」
「志織ちゃん、それ笑いごとじゃないよ……」
「あっはっはっは!」
「志織ちゃん!!!」
「そういうわけでさ。セクハラ上司をうえにもつと、下の女の子は我慢しなきゃとか思うわけだよね。わたしも、煌三郎がいなかったら負けてたかもしれない」
「……志織ちゃんは、つよいと思うけど」
「そう? ありがと」
 志織ちゃんは「ある女の子」の話をしてくれた。その子は、女の子なのに歌舞伎の助六に憧れているらしい。それが誰か分からないほどバカでもなかった。宏と仲良くしてくれるあの子だ。名前は覚えてない。たしか、なんか、可愛い音の名前だった。
「助六になれないって知らないまま、ずっとずっと憧れてるの。それがさ、なんだかまぶしくって、かっこよくて。ずっとそのままでいてほしくなっちゃった」
「……無理だね」
「そう。いつかは知るよね。だから、それが寂しくて悲しい。あの子の笑顔が」
 志織ちゃんは「あんたももうちょっと気軽に生きてみれば」と言う。わたしは友人と思っていたその子と話し合いという名の大げんかをしたあとつるむ時間を減らした。ここでの友情は一生つづかなくてもいいのだ。
            
 宏の口から「さらさちゃん」の名前を聞かなくなってしまった、と気づいたのはそれからずいぶんと後のことだった。母からあの子はもう通ってないと聞いて、歌舞伎の壁に彼女はぶち当たってしまったのだなと思う。
 わたしは今でも「美人」というカテゴリーらしく、モデルをやってみないかと声をかけられることもあったがすべて断っていた。美人かそうでないかの基準で判断される世界は自分には合わないと思った。
 数年後、志織ちゃんから「推しができた」という連絡をもらった。その推しというのは紅華でオスカルを演じることが夢らしく志織ちゃんはずっとその夢を応援し続けるのだと意気込んでいた。
「もしかして、その推しって自分の名前が一人称の子?」
 わたしの返信に志織ちゃんはうさぎが飛び跳ねるスタンプでそうだよ、と返した。


あなたの背を押す追い風となって

 シュリーがこの世界に回帰するまえに、ひとりだけ、たったひとりだけ自分の心をほどく相手がいた。同じ貴族で、ほんとうは男とセックスするのはいやだと泣いてしまうような、弱い立場の女性だった。彼女も夫に見初められ後妻となった人だった。自分と似た境遇だったからか、その泣き顔が印象的だったからか、彼女に対してシュリーは「鉄血のブラック・ウィドウ」という名前も脱ぎ捨てて接してしまったのだった。
 -名前2-。そう呼びかけるだけで、彼女は笑った。初夜を迎えたあと、旦那である伯爵を蹴っ飛ばしたということで彼女はまた世間の的を自分のモノにしたが伯爵は彼女のことをほんとうに、それはもう狂気と言えるくらいに愛していたらしくシュリーの記憶の中では彼らは離婚することもなく罪に問われることもなく結婚生活を続けていた。
 シュリーがジェレミーの結婚式の後は別荘へ移動するという計画をはなしたとき、-名前2-はひとこと「羨ましいですわ……」と言った。
「わたしもあなたと一緒に行けたらいいのに」
 幼い子どもたちがワガママを言う雰囲気でフランは呟いた。シュリーはそれに簡単に同意はできなかった。それに頷いたが最後、シュリーがこの国を支えるノイヴァンシュタイン侯爵家の人間であることも顧みず伯爵はシュリーを殺そうとするだろうから。
「それができたら、どんなによかったでしょうね」
 叶わない夢だということはお互いにわかっていた。-名前2-は「そうね」と笑うだけだった。彼女の笑顔はまるでなにか薄い布を張りつけたようなそんなぎこちなさがある。グウェンに言わせれば「仮面の笑顔」というものらしい。
 自分とこの人をどれほど似させれば神さまは気が済むのだろう。信じてもいない神のことを考えながらシュリーは馬車に揺られて自宅へと戻った。まさか、その後オハラに自分の過去をつきつけられるとは思ってもみなかった。
 
 

 回帰したあと-名前2-に出会ったのは偶然だった。自分の子どもたちと心を通わせられることを知ったあとバタバタと人脈作りにいそしんでいたので、彼女という浮草が社交界ではないものとされていることをすっかり忘れていた。彼女の方もシュリーがその傍観者たちに紛れ込んだと思ったのか全く話しかけることはなく、嫉妬深い伯爵が彼女を連れてパーティをすぐに出ていくのでおいそれと簡単に話すこともできなかったのだ。
 それが。ジェレミーの裁判で、彼女は臆することなくやってきて声を荒らげた。騎士のような格好をした彼女は一瞬誰かわからなかった。
「この場で、性的交渉のなかったことを発表した彼女の勇姿をバカにする者はわが夫にすがってでも罰しに行きます。公平性を信じられないこの場で、彼女の誠意に傷をつけることは断じてあってはなりません」
 伯爵はたのしそうに-名前2-のことを呼び、君のためならなんだってできるよと笑っていた。伯爵は辺境の地でこの国を守護する重要な役割の人だ。彼が反旗を翻したならば、この国はあっという間に崩れ落ちてしまうだろう。
 男と性交渉したくないと嘆いていた彼女が「すがってまで」シュリーを守ろうとしたという事実がシュリーには辛く悲しかった。そんな自己犠牲は、周りの人間のためにはならない。回帰前にシュリーは存分にそれを思い知った。伯爵は-名前2-のことを愛しているが、それは身を破滅させてまで欲する愛情だ。彼女の自己犠牲とぴったり当てはまり、そして容赦なく削る愛情。
 だが、その犠牲にシュリーが救われたこともまた事実だった。心を軽くしたことも。

 シュリーがひと仕事終えて礼を言うためにも、と全く会話したことがなかった-名前2-へ手紙を出すとすぐに返事が来た。都にある別荘へ来てほしいというお願いだった。あの伯爵のことを考えるとそれは悪手のように思えたが、このまま拒否するのもおかしいし逃げられない……と行くことを決めた。伯爵の噂は聞いていたのか、メイドたちはせっせとシュリーを着飾ってくれた。まだ十代の少女だというのに、彼女には華美なドレスは着させる機会はあまりに少なく悔しい思いをしていたのだった。
 -名前2-はその点、後妻かつ母親という立場ではあるもののシュリーよりはよっぽど派手なドレスを着ていた。それは彼女の個性でもあったが、周りから反感を買うものでもあった。
 屋敷へ訪問すると、彼女はいつものような華やかなドレス……ではなくシュリーが普段着るような大人しさをもったドレスを着てあらわれた。
 お互いに「あれ?」という顔をしていた。はっと先に貴族の顔を取り戻したのは-名前2-だった。
「お、お呼び出ししてごめんなさいね」
「いえいえ、こちらこそ。その節はほんとうにありがとうございます……」
 ブレンドティーなんです、とお茶を差し出される。メイドはあまり連れていないのか-名前2-についているのは髪をひっつめた厳しそうなメイドひとりだった。ここは心して会話しなければ、とシュリーは居住まいをただした。
 -名前2-は会話してみれば、昔と同じくたのしい人だった。どうして彼女という親友を回帰後にあとまわしにしてしまったのか、シュリーは少し後悔していた。今回も、すてきな友人になりそうだと思っていたが。フランの方から「わたしがあなたを助けたのは、あなたのことが嫌いだったからです」と言われ自分の甘さを悟った。
「あなたは、とても優しい人だったから。わたしに対しても会話の輪に入れるように配慮しようとしてくれたときもあったでしょう。でも、残念ですが、わたしはあなたのその優しさが辛いです。あなたの優しさはわたしをひとりにさせます」
 だから、これが最後のお茶会なんですとフランが言う。ならば、とシュリーは意を決して踏み込んだ。
「それじゃあ、そのドレスは今日の日のために用意してくれたんですか?」
 -名前2-は目をぱちくりとさせてふっとあどけない笑みを浮かべた。それはシュリーがよく知る、彼女の笑顔だった。
「本当は。あなたと、おそろいを楽しみたかったんです」
 でも、ダメですね。旦那様との約束があるので失敗したけどこれが最後です。
 -名前2-の夫がどういう人物かは知っていた。-名前2-が「すがりつく」という言葉を使ってまでシュリーを助けようとしてくれたことがどういう意味を持つのか、分かっているようで自分は分かっていなかった。彼女は、たった一度もお茶会すらしていない相手に対して自分の願いをかえてまでシュリーのことを助けてくれたのだ。
「……あなたの優しさこそ、わたしをひとりにしてしまうわ」
 泣きながらシュリーが言うと-名前2-はへにゃりと笑った。
「そんなところがおそろいにならなくたってよかったのに」


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