ラジオから海の音が聞こえる

 ラジオから海の音が聞こえる。ざざんざざんという音がしていた。わたしはその音に揺られて体を動かす。リズムに乗るにはその音はあまりにも流動的で次第にわたしの体も音楽に合わせているのかどうか分からなくなってしまった。
 これ何?
 わたしの声掛けに真木は「……なにかしらね」と答えるだけだった。真木は踊るわたしを見つめていた。彼女に踊ろうよ、と声をかけても無視された。わたしの声が聞こえてないのかと思い、ハリー・ポッターで言われていた死の呪文をとなえると「やめて」と強い口調で返ってきた。
「返事がなかったから」
「だからってあなたみたいに死ぬ訳にはいかないの」
 わたしに魔法は使えないから死ぬことは無いよ。
 わたしがそう言うと真木は苦々しい微笑みで「そうだったわね」と頷いた。
 わたしは二年前に死んでいるのだが、今でも生きている真木理佐と時たま話をしている。短い会話しかしない。お互いによく話す人間では無いし、長話をするのはつかれるのだ。
 わたしが死んでいることを真木ははっきりと理解しているが、時たまわたしを生きている人のように思うのか新作の映画を観に行く予定を決めようとする。わたしはその度に「わたしに予定は必要ない」と言うのだが、真木にとっては大事なことなのか「だめ。ちゃんと、決めるの」と手帳に丁寧に予定を書き込んでいた。
 真木はもうすぐ始まる映画のラジオをいつも楽しみにしている。まだ日本で公開されてない映画の話をMCがとつとつと語るのだ。それを聞いて真木はいつもどの映画を観に行くのか決めていた。
 なのに、今日はその時間になってもあの始まりの音楽は流れずに海の音が、波の音が聞こえていた。
 それがどうして聞こえたのかは真木にはどうでもいいらしく「今度みにいく映画は……」とわたしに言って聞かせた。
 わたしは死人。映画なんてみる趣味はない。
「真木、死人の出ない映画は観ないの」
 真木はすこし止まったあと「みてほしいの?」と聞いた。わたしは答えなかった。あんたがそれを観始めたら、わたしはいなくなるかもねと言いそうになったが、なにも分からないわたしはやめた。
 ラジオは突然に息を吹き返して、MCの声が聞こえるようになった。解説された映画は、家族を失った男が復讐にいく映画だった。復讐する姿はまさに気分爽快! というものらしいが、死人からしたらそんなに嬉しくは無い話だ。
「真木は復讐なんてしないでね」
「してないじゃない」
 でも、わたしにずっと話しかけてくるじゃない。
 

 海の音を聞いているとき、わたしは琵琶湖近くのホテルへ行ったことを思い出した。琵琶湖をみて海だ、とはしゃいだわたしに真木はまじめに「あれは湖」とつっこんできた。海は知っているのに、わたしには琵琶湖が海に思えて仕方がなかった。
 どうして琵琶湖のあるホテルへ行ったんだっけ。真木の家族と、みんなで、そう、あれは。真木の家が、わたしを連れて一緒に遊びに行ってくれたのだった。
 真木はホテルでわたしにヒッソリと話してくれた。真木はわたしの姉が好きらしい。わたしよりも前に死んでいる姉のことをずっと好きだという彼女を見てこわさを感じた。
 姉が可愛いかどうかと言われると微妙だったが、クラスでは人気者だったらしく家に友達が呼ばれることは何度もあった。その度にわたしは息を潜めるように家にカバンを置いてどこかへと逃げるのだった。図書館だったり、少し遠くの公園だったり、雑貨屋だったりと。とにかく、家族関係から外れている姉を見るのが嫌だった。
 その後、わたしも若くして死んでしまったが真木のそばにいるのはわたしである。海と琵琶湖。切り取れば似ていると感じることもできるだろうが、本質は全く違うものだ。
 真木とて、わたしと姉がちがうことは分かっているだろう。
 死人は孤独なもの。死人は別の死人に会うことはない。それは真木には前にも伝えている。
「真木、わたしがいる限りお姉ちゃんには会えないけど」
「しってる」


川端康成「地獄」パロディのようなそうじゃないような。中公文庫の「川端康成異相短篇集」で読めます。


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