心中り(こころあたり)
男の人はわりとちょろいやつが多いと思う。イコさんもちょろい方だけど、でもこいつと恋人になるって聞かされたら嫌かもしれない。
「まおりん、ここの答えわかる?」
「……分からんかったわ」
「そっか~」
「-名前1-さん! おれ、そこ分かるよ!」
「えっほんとに? 助かる~。途中式とかもある?」
「あるある、大丈夫だよ」
「あの先生、式を省略するなってうるさいもんね~」
書き終えたあと彼女は「はい、まおりん」とノートを差し出してくる。答えをうつしてもいいよ、と言ってくるのだ。
「……いいわ、うちは」
「えっ。当たるのこわくないの?」
「分からんもんはしゃあないし」
「細井はボーダーだからこういうのは許せねぇのかも」
「……ボーダーとかは、関係ないと思うなあ」
「えっ、そっかな」
「まおりんはいつも先生に対して正直でかっこいいよ」
真織のことをフォローしているようでズレた言葉を言う。男の方は苦笑いで「ミョウジさんは天然だよねぇ」と言った。
真織の隣に座るのは同じく転校生の女の子である。彼女も一時期ボーダーに入っていたが男関係のトラブルがあまりにも多く、その渦中に彼女がいるのでいろんな事情を重ねた上で記憶を消して除隊された。彼女がわるいわけではなかった。ただ、彼女はいい子でもなかった。
という女はとても可愛い。自分がどれだけ可愛いか分かっているし、男たちに自分をアピールするのも上手い。さっきのようにが困っていたら男たちはすぐにに手を貸す。同じく分からない、と言った真織に対して彼はノートを見せようとはしない。はノートを見せてきたが、正直ちっちゃくて丸い字は中々見られたものではない。めんどくさいとも思う。それに、人の考えを写しただけでは自分の力にはならないと思う。だから遠慮する。ボーダーだからとか、正義感は関係ない。真織にとって自分が嫌なことはしたくないだけだ。
真織はのことがとにかく苦手だった。
真織ちゃんに嫌われてるからなぁ、と彼女が言ったらしく。ある日から、真織は男たちから「仲良くしろよ」とやっかみを受けるようになった。あんたたちには関係ないじゃん、と周りの女子生徒たちは真織をここぞとばかりに擁護する。ふだんはが真織にくっついているので遠巻きにしている彼女たちに仲間に入れてもらえてとても助かった面はある。けれども、真織からみるは男たちに囲まれていても楽しそうに笑う顔は見えなかった。
一緒にお昼を食べている時も女子生徒たちはの悪口を言う。あいつ彼氏をすぐとるからなあ、と。ビッチ、姫扱いされてる、などの彼女の軽さを嘲笑う表現を聞いて真織は怒ることもできなかった。彼女への侮蔑は、当たってないわけではなかった。
帰り道、ひとりで歩いて帰るを見つけた。皆には「ちょっとボーダーの……」と言えばすぐに別れさせてくれた。の足取りはのんびりと遅く、背負っているカバンには重そうな飾りがいっぱいついている。親につけろと命じられているお姫様のようなキラキラしたアクセサリーは真織が昔憧れていたものだ。
彼女には自由はない。可愛らしい姿でいなければ親には認識されず、男たちには「付き合いたい」「セックスしたい」の欲望にずっとさらされ、女たちからは「馬鹿な女」「ビッチ」と笑われている。それでも彼女は周りと戦わなかった。ボーダーに一緒にいた頃にその理由を聞いたことがある。
「だって、あの人たちは戦いを目的としているわけじゃないでしょう?」
彼女はのんびりとそう答えた。ネイバーは侵略してくるから戦う。ランク戦は戦力向上のために戦う。でも、周りの人たちはそうじゃないから。
「だからいいんだぁ」
真織にとって、はとても強い子だった。苦手だったし、嫌いな部分もあったし、ボーダー内で「付き合えるかも」と思わせぶりな行為をしているのはさすがにどうかと思っていたけれど、強さは認めていた。
ボーダーを脱退し、記憶をなくして真織と再会した彼女は最初のときと同じように「このアクセサリー好きなの?」と聞いてきた。身内にはどうにもキツい言葉を使ってしまう真織は「ちゃ、ちゃうわ! 変なこと聞かんどいてよ!」と返してしまったが、は「貸してあげようか? わたし、こういうのいっぱいあるの」と言った。本心からの親切で彼女はそう言っていた。
はもう真織と会話できなくてもいいと思ったのだろうか。折角、女の子の友達ができたと笑っていた彼女はそんな簡単に自分を手放すのだろうか。なんだかイライラとしてきて、真織はの背中に言葉をなげつけた。無音で。ただ口を開いて動かしただけ。なのに、はふと振り向いた。
「……まおりん?」
しか呼ばないあだ名で、真織のことを見る。どうしたの? 泣きそうな顔してるよ、とが言う。泣かせてんのはアンタや、と怒りたかった。
「ウチのこと、ほんとに嫌いなん?」
「え?」
「やって、ウチにずっと会いに来てくれんかった」
「……まおりん、わたしのこと嫌いじゃないの?」
「き、嫌い、じゃ、ない、わけじゃない、けど」
「うん」
「でも、……。でも、ガッコで、あんたのこと一番わかってあげられんの、ウチしかいーひんのに。家のなかでも一人ぼっちなのに……。ひとりになったら、あんた、また、泣けなくなるやろ」
ゔぇ、と変な声が聞こえたと思ったらがぐしゃぐしゃの顔で泣いていた。
――わたし、まおりんしか友達がいなくてもいいかなぁ。ずっと、まおりんと一緒にいても邪魔じゃないかなぁ?
――ええんちゃう? 友達の数とか考えてもアホらしーやん。でも、ウチがボーダー行く時にはひとりでも頑張りや。
泣きながらぶっさいくにコクコク頷くを見て、明日は家まで迎えにいって手を繋いで登校してやろうかと思った。男じゃなくて、自分に姫扱いしてもらうを見せつけてやろう、と思った。