そのようにして、ふたりになりたい


#東京卍リベンジャーズ #黒川イザナ

 自分の娘が起きて直ぐに出し抜けにこう言った。
 自分は夢主人公というやつで、この世界を救いに来たのだ、と。そう言われて普通の母親だったらなんと返すのだろうか。わたしはちょっと考えたあと夢主人公とはなんだろうと思い「自分のことを主人公と思って過ごせてあなたは気楽ね」と返した。娘はとてもショックを受けた顔をしていた。

 わたしは自分のことをおかしいと思ったことはないが、娘にとってわたしは家畜のようなものだろうとは思っていた。結婚した旦那からは古くて見栄えはしないが命じたらなんでもこなす機械と思われていて、娘からは自分のいったことは何でもしてくれる下僕のようなものと思われていた。わたしはそんな自分のことを家畜だろうと思っていたし、我が子に今まで感じなかった愛情というもののツケがこんな形で来てしまったのだろうかと疑問に思う。
 わたしはこの家で自分が人間だとは思えなかった。

 娘は夢主人公としてやるべきことがあるとかなんとか言って、突然男の子を家に連れてくることがままあった。その子たちは礼儀がいい子もいれば最悪な子もいて、わたしはそもそも他人を自分の家に呼んできて世話をしない娘のことが嫌いだったので「せめて自分ひとりで朝起きてごお弁当を作って朝ごはんを作って遅刻ギリギリだと騒がずに家を出られるようになってからの方がいいのでは」と思いながら見栄をはって素敵な女性のように振る舞う娘を見ていた。
 ある子どもなどは名乗りもせずに我が家に居座り続けていた。わたしは彼のことを無視してもよかったのだが、それは母親らしくないかと思い直してさすがに彼の分も世話をした。彼は娘以上に手のかかる子どもだった。
 彼はフラリといなくなるくせに我が家にやけに素直に帰ってきた。娘は学校に行く間彼がどうしているのか心配し続けていたが、わたしは家畜扱いされるよりはどこかに消えてくれていた方が楽だったので「平気なんじゃないかしら」と笑って返した。
 カクチョウという子どもがまた現れたのはそれから銀髪の子どもが来てから2週間も過ぎてからだった。彼の下僕だと名乗る子どもに「今から下僕生活なんて、結婚したあとは使役する側になれるといいわね」なんて言ったら、彼はひどい顔でわたしを見ていた。それは娘が時たまわたしに見せる顔とよく似ていた。

 銀髪のあの子どもは黒川イザナと言うこと、もうすぐ成人することをカクチョウくんは教えてくれた。成人式はどうするのかしら、と聞いたら「行かないと思います」と即座に返された。
「折角だから写真でも撮ったらどう?」
 お金を払うのはわたしではないわけだし。カクチョウくんは悩んでいたが相談してみるとだけ言った。

 イザナくんは娘と付き合ってるのかと思ったが、そうでもなく、ただこの家が便利だから帰ってくるのだと本人が言った。夫は単身赴任中でここにはいないわけだし、彼が自分を性的欲求の捌け口として求めている訳でもないし、夫の部屋は空いているのだからまあいいかと彼のことはそのまま置いといていた。
 イザナくんは好き嫌いは多いがわたしの顔を見るともそもそと食べていく。その姿を見て娘は可愛いとはしゃぐがわたしにはイザナくんのどこにそんな愛玩要素が見いだせるのかよく分からなかった。

 ある日、家に客がきた。シンイチロウと名乗るその子はイザナくんのお兄さんらしい。イザナくんと話すのにこの家を使うのはどうかと思うが、娘が呼び出したらしく「イザナ! 話を聞いてあげて!」と無理に叫び声を出してイザナくんは鬱陶しそうにしていた。
 わたしはイザナくんがここを出ていこうとどうでもよかったし、娘がどちらに媚びていても気にしなかった。セックスするのであれば避妊はしなさい、あなたは自分の面倒さえも見られないし自分がいつか家畜になるかもしれない覚悟もないのでしょう、と言いたくて我慢した。
 イザナくんはわたしを見て「おれに何も言わないの」と聞いてきたが、わたしは特に話すことはないと思った。

 イザナくんはこの家に残ることになり、シンイチロウくんは彼に関わる金銭は自分が支払うと言った。ボランティアでそれまでやってきていたのだから受け取るのは当たり前だった。娘はわたしのやることに嫌そうにしていた。ケチくさいと言っていたが、子どもを育てることにどれほどの金がかかるのかこの子は知らないのだろうと思った。
 イザナくんはシンイチロウくんが来てからは大人しくなった。


――

 イザナに家族を作ってあげる、と宣言した女が連れてきたのはまだ建てたばかりのような一軒家だった。ママと呼ばれた女はイザナの知る限り、この世でいちばん綺麗な女だった。へぇ、と思ったが自分のことをどんな風に紹介しているのか分からず最初は警戒していた。
 それが変わったのが、彼女と二人きりで昼飯を食べたときのことである。うどんを作りました、と言ってイザナに当たり前のように半分を渡してきた。イザナは自分により大きなものを与えられるのが当然の世界にいた。平等に分け与えられたことに驚きとほんの少しのいらだちを持ちながら目の前の女を見つめる。
「おばさんはおれのこと怖くないの」
 イザナはこのぼやけた美しさを持つ女に手を上げる気にはなれなかった。
「……怖がった方がいいかしら。でも娘はそうは思ってないみたいだけど」
 あなたのことを本当の家族のように接しろと言われたわ、と彼女が続ける。
「……おばさん、名前は?」
「-名前1--名前2-。よろしく、だと家族じゃないわね。……名前で呼ぶことはないと思うから、おばさんでいいわ」
 イザナはうどんをすすりながら、このおばさんを自分のものにするためにはどうすればいいかを考えていた。

 彼女の娘である女はうっとうしかったが、真一郎との関係を変えてくれたこと、妹のエマと仲を取り持ってくれたことなどにはまあそれなりに感謝している。彼女が男を侍らせるのに自分は彼女の家に住んでいることが優越感ではあったが、それはあのアクセサリー女ではなく母親の-名前2-のことを知っているのが自分だけだから持てる感覚だった。
 -名前2-。たったそれだけの言葉がイザナの口に馴染み、美しい音色として世界に飛び出でるのがおかしかった。初めての体験に困惑しながらもイザナは「黒川-名前2-」と彼女をほんとうに自分のものにしたときのことを考えていた。
 彼女の体は美しいだろうか。家事ばかりでなのに「娘が拘るから」と言われるがままにケアされているのはきっと手だけで、洋服の内側は生きた年月をそのまま刻み込んでいるだろうか。
 イザナはどんな姿の-名前2-も抱けると思った。それこそが愛だと思った。

 イザナが-名前2-と二人きりになったある日「あんたを抱きたい」と言うと、彼女ははぁ……といつもの顔のまま「性欲処理には娘の方がいいのでは?」と言った。
「人って、若い子どもの方が性的に魅力的と聞くから」
 まあそれでもいいのなら、と彼女はイザナを寝室へと誘った。その表情には恥じらいも愛情も見えなかった。


 イザナは結局-名前2-のことを抱かなかった。そして-名前2-の娘を天竺の下っ端のひとりに殺させた。鶴蝶は泣いていたが自分にはどうでもよかった。
 娘が死んだというのに彼女はやっぱり表情は変えないままで「わたしの老後が心配だけど、家畜扱いされない分には楽ね」と言っていた。
「……あんたの老後を見るやつはここにいるけど」
 イザナはまだ-名前2-と共に暮らしている。-名前2-は若い男を連れ込んでいると近所で噂されているらしいが彼女は世間体にあわせることがそれなりに上手いので、うまく取り繕っているらしい。
 ふふ、と-名前2-が笑う。ようやく、イザナは-名前2-の目に愛情をみつけた。


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