大好きな人とおいしい匂い

#ベイビーわるきゅーれ #百合夢
「まひろすぁーん、あいつだよ」
「ああ、あいつ……」
 女子高生たちはとある男を追いかけていた。社会不適合であり、殺し屋としてしか生きていけない自分たちを助けてくれた女性への恩返しのために。

 彼女の名前は-名前1-であることしか知らない。それ以外には聞いたことがない。いや、知っているのは彼女がパン屋で働いていてたまに余ったパンをもらってきていることと、朝が早すぎてゴミ出しがはやいことと、杉本と深川コンビのことを可愛がってくれる女性であることは知っている。
 ゴミの分別さえもうまくできない二人に-名前1-さんは丁寧に教えてくれた。名前は表札で知った。恥ずかしそうに-名前1-さんと呼ぶと彼女は「名前知っててくれたのねえ」と穏やかに笑っていた。彼女はもう40も超えているような年齢で、子どもがいてもおかしくないと思っていたが彼女はこの歳まで独身なのだそうだった。
 おかげで杉本も深川ふたりとも彼女にとても懐いていた。料理はうまい、パンも分けてくれる、何かと声をかけてくれる彼女に甘えて甘えた。それはもうべったりと。
 そんな彼女が病院へ搬送されたと知ったのは彼女に会えなくて三日も過ぎてのことだった。-名前1-の家のポストをチェックし続けていたら、彼女の弟という男が「何やってるんですかあなたたち!!!!!」とヒステリックに叫んできたので思わずぶちのめしてしまうところだった。姉さんの家のポストに!!! と言わなければ絶対にしていた。まひろの拳をちさとはそっと包み込んで「ね、ね、まひろさん。あの人、弟だって。-名前1-さんのこと聞かなきゃ。ね、殺しちゃダーメ」と小声で囁いた。
 自分たちより少し年上ぐらいの男が弟というのに疑問を持ちながらも話を聞くと(これはあくまでも杉本たちの感性である。実際には弟だという彼を無理やりに-名前1-の部屋に引っ張りこんで尋問のように話を聞いていた。)彼はただの童顔で20代後半の年齢であることを知った。それでも-名前1-との年齢差は甚だしい。どうしてそんなに歳が離れているんですか、と深川は遠慮なく聞いた。
「……連れ子ですから」
 そんなことはどうでもいいでしょう、姉さんの着替えを取りに来たんですよ!! 彼の叫びに「なるほど」「そうなんですか」と言って二人は弟から病院と病室を聞き出してさっさと部屋を出た。弟はまだなにか叫んでいたが、二人には興味はなかった。
 一旦自分たちの部屋に戻ると「お見舞いの品って何がいいのかな」「ひとりぼっちじゃさびしーよねー!」「これ、前に好きって言われたと思った」「お、こういうのあったら時間つぶしできるかも~~」とそれぞれ思い思いの品をカバンに詰め込んで病院へと急いだ。女子高生なので免許は持っていない。自転車に二人乗りで急いだ。法律違反など彼女たちにはあってないようなものである。

 病室へと急ぎ、コンコンと軽いノックをしたあと返事も聞かずに二人は入室した。そして愕然とした。-名前1--名前2-という女性はぼろぼろの姿で入院していた。
「え、ちょ、ちょっと待って、誰がこんなことしたの」
「-名前2-さんって言うんだ……」
「まひろさん、そんなこと今気にしている場合じゃないよ!? ま、ままま、まって、-名前1-さん、-名前1-さんが……!」
 わーわーと言い合っていた2人の声に気づいたのか-名前1-はゆっくりと瞼をあけた。傷が痛むのかいつものまん丸の瞳は半分も見えなかった。あらぁ、といつもの彼女の優しい声ではなく掠れたひびわれた声が聞こえた。
「-名前1-さん!」
 ふたりの声が重なり、-名前1-はふんわりと笑ったように見えた。実際は怪我だらけの顔のせいで顔が半分ほど歪んだだけだった。
「どうしたの、来てくれたの……」
「そ、そうだよ、ね、これ、これ持ってて」
 ちさとが持ってきたぬいぐるみを-名前1-の枕の横に並べた。ひとりは寂しいという彼女の心遣いだった。ありがとう、と声をかける-名前1-にちさとは泣きそうになりながら「-名前1-さん死なないでぇ!」と叫んだ。
「ちょっとちさとさん、うるさいよ」
「だっで、だっでぇ……!」
「そんなに泣かなくていいのよぉ……。ちょっと、殴られただけだから」
「え?」
「は?」
 殴られた? そりゃあそうか、この怪我だもんな。誰が? -名前1-さんほどの人をどうして? こんなレベルにしたの?
 深川は冷静になろうとして全く冷静になれなかった。お見舞いの品として持ってきたはずのトレーニング用の器具を自分で破壊してしまうくらいには。
「……誰が、-名前1-さんのことこんなにしたの?」
「さぁねぇ」
 -名前1-は本当に知らないようだった。そっかあ、と杉本は顔をひねったあと深川を連れて病室を出ていった。スタスタと歩いたあと、あっと声を上げて自分だけ病室に戻り「また来るね!」と声をかけていた。深川はずるい、と自分も戻り「また来ます」と声をかけた。

 ロビーで待ち構えていた女子高生ふたりぐみに男はもう現実逃避したくなった。しかし、自分をかわいがってくれた姉のためにも病室には行かなければならない。
「ひとまず荷物置いてきてからじゃダメですか……」と言ってみたがふたりには通じなかった。ずるずると二階の休憩スペースに呼ばれた。
 ふたりは杉本ちさと、深川まひろと名乗った。-名前1-さんにはお世話になっている、と。
「-名前1-さんは誰にやられたの」
 杉本がつんのめるように話しかけてくる。美人だが挙動不審な彼女に男は世知辛い……と思いながらも答える。
「なんか、常連、らしくて。追いかけられたみたいで」
「……パン屋に、いつも来ててスケジュールも把握してたってことすか」
「おそらく。……姉さんに暴行と、セックスの強要を」
 がすり、と何かが壊れる音がしたが男は聞かなかった振りをした。杉本の方はひどい顔でぐぬぐぬと体をくねらせているし、深川の方は薬でもキメたかのような鋭い目付で男のことを睨んできた。自分は犯人じゃないのになぜこんな目に。男の気持ちも最もであるが、二人には関係がない。
「何とかして-名前1-さんから犯人のこと聞き出してください!! 絶対、絶対ですよ!!」
「そんで、ここに連絡してください」
「うちら自分じゃやれないんでね~~。あ、あと今回はとっくべつにスペシャル料金で対応するように伝えときますから!」
「そう! -名前1-さんにまた料理作ってもらうから!!」
「あとパンもほしい」
「まだ一緒に観てない映画あるし」
「ちょっとしたパーティとか開いてない」
「食い倒れツアーもだよ~~」
 杉本と深川は言いたいことは言い切ったのか、雑な文字だけ書かれたペーパーナプキンを置いて行ってしまった。
「……はあ」
 男は素直に電話をかけた。はい、もしもし、と明るい声がする。男は素直に話をした。姉から受けていた相談も含めて全て。そして荷物を持って姉のいる病室へと向かった。
「あのさ姉さん」
「あら……ごめんね、着替え……」
「いや、いいんだけど……。あのさ、もし、犯人が死んだりしても、姉さんのせいじゃないんだから落ち込むなよ?」
「えぇ? 何言ってるの急に……」
「何となくだよ……」

 -名前1-が退院する日、待ち構えていたのは弟と隣人たちの杉本と深川コンビだった。弟の方は随分と疲れた様子で、隣人たちはいつも通りゆるく元気にしている。
「-名前1-さんのためなら、うちらいつでもスペシャル料金だからね」
 何の話をしているのかはよく分からなかったが、自分のことで彼女たちに迷惑がかかるのはよくない。お待たせしてごめんね、と声をかけると三人はびくついたあと-名前1-のことを見て「おかえりなさい」と精一杯の笑みを浮かべていた。


あいを捏ねるだけではだめなのだろう


#ハイキュー! #清水潔子 #百合夢

映画「そばかす」を見てかきました。畳む

 ある日、体験レッスンを受けたいとやってきたのが中学の元同級生だった。その日は夫の手伝いでジムの方に顔を出していた。
 彼女はスポーツジムに来ると言う割にはかなりかなりオシャレな格好だったし、サングラスをつけていたので結構分からなかった。ただ差し出された用紙に書かれていた名前を見て気づいたのだった。もしかしたら違う人かも、と思いながらもわたしは-名前1-さん、と声をかけた。
 彼女がこちらにいるというのは聞いたことがなかったから多少驚いていた。
「……えっと、」
「清水。清水潔子です」
「………。あ、ああ! 清水さん!」
「-名前1-さんこっちに帰ってきたんだね」
「うん……。今休職中で。お金はあるし、家にいてもやることないからと思って」
「そっか、なまった体を動かすには向いてるよここ~。色んな人が来てるしね」
「そうなんだね」
 -名前1-さんは昔と変わらない笑顔だった。その笑顔がすごく好きだったことをふと思い出した。

 とある男性教師が苦手だった。その人は気に入った女の子に対してスキンシップが激しくて、わたしはその一人に数えられていた。自慢じゃないし、むしろトラウマのようなものだ。陸上選手としてユニフォームに着替えていた時のあの視線を今でも悪夢として思い出す。
 -名前1-さんとは中学時代、そこまで話したことはなかった。彼女はギャルと言うような派手な格好で夜道を歩いていると噂されていたし、誰とでもセックスするという噂もあった。あくまでも噂だったし、本人は女子トイレで困っている人にナプキンをくれるような子だったからそんな噂は信じてなかったけど。男子たちは「噂を確かめるため」とかいう理由をつけてふざけて-名前1-さんに絡んでいたのは見かけている。-名前1-さんも一定のラインまでならオーケーをするから、そういうものなのだと思っていた。
 わたしと-名前1-さんの思い出を結びつけるのはその、悪夢の教師だった。
 あの男は体育の授業で怪我をしたわたしを抱っこで保健室に連れていこうとした。あまりにも暑い日で、半袖半ズボンだったことをその時ばかりはとても後悔していた。
 でも、それを助けてくれたのは-名前1-さんだった。ほけんいーんだから、とのびた声でわたしの体を支えてくれた。
 保険医の槇村先生と仲がいいみたいで「マキちゃん、清水さん転んでえぐい傷作った」なんて言ってわたしを長椅子に座らせてくれた。
 保健室に来た人は紙に名前を書かなきゃいけなくて。わたしの代わりに書きながら「あいつ、まじでキモイよねえ」と呟いた。わたしはそれに同意していいのか分からなくて黙ってしまった。-名前1-さんはわたしをぼんやりと見つめて「……ごめん、聞きたくなかったかな」とかそんなことを言った。謝られたことだけは確かだった。わたしは助けてもらったという自覚があるのに-名前1-さんに嫌な思いをさせてしまったのだった。

 -名前1-さんが着替えてでてきたら、先に運動していた人達がどよめいた。ざわざわと聞こえてくる中に「あれってマナメグじゃ?」という声を聞いた。そしてその声を聞いた夫がひどく慌てているのを見てトイレに行くフリをしてスマホで検索をかけた。
 真南メグミという名前がすぐにサジェストに出てくる。引退という文字と、AV女優という文字も。
 Twitterで見かけたあの話は本当だったのだなと思う。トイレの水を流してすぐに出ていって-名前1-さんを探した。引き締まった体はやっぱり綺麗だった。
 大学中退。AV女優をはじめる。金を、稼いでいる。
 嘘かホントか分からずに触れなかったものに、今直面していた。
 -名前1-さんが帰る前に、わたしは何とか自分の連絡先を渡した。着替えとして用意したTシャツなどを回収する時に代わりに名刺を渡したのだ。
 震える声でまた今度、ご飯食べよう! と何とか声に出した。
「……別に、今日でもいいけど」
「えっ、ほんとう? でも、あの、わたし、遅くなっちゃうけど」
「いいよ、何時でも。呼んでくれれば行くから」
 呼んでくれれば行くから。中学時代と変わらないその言葉に、わたしは自分が思っているよりもこの子のことが大好きだったのだと気づいた。

 結局、帰るのは本当に遅くておそくて、もう22時も終わりそうな時間だった。念の為に、とLINEを送ると「こんな時間ならファミレス? 田舎だと居酒屋はやく閉まるんだっけ?」と来た。
 ま、まだやってるところもあるよ。と返事を送る。彼女は「好きなところ連れていってよ」と返した。
 それでもわたしは絡まれることを考えてファミレスにした。この時間ならきっと変なおじさんなんていないだろうと思って。
 -名前1-さんは今日ジムに来た時と同じ服装だった。やっぱりオシャレで可愛くて、それにブランド品じゃないかと疑ってしまう。そんな自分がいやだった。
「久々だねぇ、清水さんに会うの」
「……そんなに、仲良くなかった、もんね」
「まあねぇ。食事行こうって言われると思ってなかったし、ファミレスになるとも思ってなかった」
「……その、人が、いない方がいいかなって」
 わたしの含みのある言葉に-名前1-さんはけらっと笑った。
「あたしがAV女優だったの、知ってるよねえ。そうだよねえ。……気ぃ遣ってくれてありがとうね」
 気遣いというよりは、マナメグじゃないわたしのよく知る-名前1-さんと会話したかったのだ。でも、それはただのワガママである。
「あ、あのさ」
「清水さん、すごい綺麗になっててびっくりした」
 ふふっと笑った彼女は艶やかで、女のわたしでも顔をあからめるほどだった。
「話遮っちゃったね……。どうかした?」
「……こっちには、ずっといられるの?」
「あー……。そうだねえ、どうしようか今悩んでるの」
「そう、なんだね」
「うちの親、まだ女の結婚はクリスマスケーキと同じと思ってるから、焦ってるんだ」
 いま、わたしは23歳。クリスマスケーキという話は、つまりあと2年のうちに結婚しなければ行き遅れということ。
「だから、そんな仕事してないで見合いしなさいって拉致られた」
「………」
「拉致っていうと大袈裟かなあ。無理やりに連れてこられちゃったー。あはは」
「あははって、笑うことじゃ」
「で、今、反抗期としてなんか男に好かれなさそうな腹筋バキバキになってやろうかなって」
 ふん、と腕を持ち上げる-名前1-さんを見てわたしは泣いていた。-名前1-さんはいつだってかっこよくて、綺麗で、男に縛られることなんてないと思っていた。AV女優も好きでやっていて、アイドルみたいに華々しく辞めて、好きなことやるためにこっちに戻ってきたのかと。
「……泣かないで、潔子ちゃん」
 初めて名前を呼んでくれたのに、わたしは返事もできなかった。ただぼろぼろと流す涙に、-名前1-さんはナプキンを差し出して、わたしの頭を撫でてくれていた。


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