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絶縁アンソロジーを読みまして。母性もなく、人間的な感情に乏しい女って最高……! となったので。
絶縁アンソロジーを読みまして。母性もなく、人間的な感情に乏しい女って最高……! となったので。
#東京卍リベンジャーズ #黒川イザナ
自分の娘が起きて直ぐに出し抜けにこう言った。
自分は夢主人公というやつで、この世界を救いに来たのだ、と。そう言われて普通の母親だったらなんと返すのだろうか。わたしはちょっと考えたあと夢主人公とはなんだろうと思い「自分のことを主人公と思って過ごせてあなたは気楽ね」と返した。娘はとてもショックを受けた顔をしていた。
わたしは自分のことをおかしいと思ったことはないが、娘にとってわたしは家畜のようなものだろうとは思っていた。結婚した旦那からは古くて見栄えはしないが命じたらなんでもこなす機械と思われていて、娘からは自分のいったことは何でもしてくれる下僕のようなものと思われていた。わたしはそんな自分のことを家畜だろうと思っていたし、我が子に今まで感じなかった愛情というもののツケがこんな形で来てしまったのだろうかと疑問に思う。
わたしはこの家で自分が人間だとは思えなかった。
娘は夢主人公としてやるべきことがあるとかなんとか言って、突然男の子を家に連れてくることがままあった。その子たちは礼儀がいい子もいれば最悪な子もいて、わたしはそもそも他人を自分の家に呼んできて世話をしない娘のことが嫌いだったので「せめて自分ひとりで朝起きてごお弁当を作って朝ごはんを作って遅刻ギリギリだと騒がずに家を出られるようになってからの方がいいのでは」と思いながら見栄をはって素敵な女性のように振る舞う娘を見ていた。
ある子どもなどは名乗りもせずに我が家に居座り続けていた。わたしは彼のことを無視してもよかったのだが、それは母親らしくないかと思い直してさすがに彼の分も世話をした。彼は娘以上に手のかかる子どもだった。
彼はフラリといなくなるくせに我が家にやけに素直に帰ってきた。娘は学校に行く間彼がどうしているのか心配し続けていたが、わたしは家畜扱いされるよりはどこかに消えてくれていた方が楽だったので「平気なんじゃないかしら」と笑って返した。
カクチョウという子どもがまた現れたのはそれから銀髪の子どもが来てから2週間も過ぎてからだった。彼の下僕だと名乗る子どもに「今から下僕生活なんて、結婚したあとは使役する側になれるといいわね」なんて言ったら、彼はひどい顔でわたしを見ていた。それは娘が時たまわたしに見せる顔とよく似ていた。
銀髪のあの子どもは黒川イザナと言うこと、もうすぐ成人することをカクチョウくんは教えてくれた。成人式はどうするのかしら、と聞いたら「行かないと思います」と即座に返された。
「折角だから写真でも撮ったらどう?」
お金を払うのはわたしではないわけだし。カクチョウくんは悩んでいたが相談してみるとだけ言った。
イザナくんは娘と付き合ってるのかと思ったが、そうでもなく、ただこの家が便利だから帰ってくるのだと本人が言った。夫は単身赴任中でここにはいないわけだし、彼が自分を性的欲求の捌け口として求めている訳でもないし、夫の部屋は空いているのだからまあいいかと彼のことはそのまま置いといていた。
イザナくんは好き嫌いは多いがわたしの顔を見るともそもそと食べていく。その姿を見て娘は可愛いとはしゃぐがわたしにはイザナくんのどこにそんな愛玩要素が見いだせるのかよく分からなかった。
ある日、家に客がきた。シンイチロウと名乗るその子はイザナくんのお兄さんらしい。イザナくんと話すのにこの家を使うのはどうかと思うが、娘が呼び出したらしく「イザナ! 話を聞いてあげて!」と無理に叫び声を出してイザナくんは鬱陶しそうにしていた。
わたしはイザナくんがここを出ていこうとどうでもよかったし、娘がどちらに媚びていても気にしなかった。セックスするのであれば避妊はしなさい、あなたは自分の面倒さえも見られないし自分がいつか家畜になるかもしれない覚悟もないのでしょう、と言いたくて我慢した。
イザナくんはわたしを見て「おれに何も言わないの」と聞いてきたが、わたしは特に話すことはないと思った。
イザナくんはこの家に残ることになり、シンイチロウくんは彼に関わる金銭は自分が支払うと言った。ボランティアでそれまでやってきていたのだから受け取るのは当たり前だった。娘はわたしのやることに嫌そうにしていた。ケチくさいと言っていたが、子どもを育てることにどれほどの金がかかるのかこの子は知らないのだろうと思った。
イザナくんはシンイチロウくんが来てからは大人しくなった。
――
イザナに家族を作ってあげる、と宣言した女が連れてきたのはまだ建てたばかりのような一軒家だった。ママと呼ばれた女はイザナの知る限り、この世でいちばん綺麗な女だった。へぇ、と思ったが自分のことをどんな風に紹介しているのか分からず最初は警戒していた。
それが変わったのが、彼女と二人きりで昼飯を食べたときのことである。うどんを作りました、と言ってイザナに当たり前のように半分を渡してきた。イザナは自分により大きなものを与えられるのが当然の世界にいた。平等に分け与えられたことに驚きとほんの少しのいらだちを持ちながら目の前の女を見つめる。
「おばさんはおれのこと怖くないの」
イザナはこのぼやけた美しさを持つ女に手を上げる気にはなれなかった。
「……怖がった方がいいかしら。でも娘はそうは思ってないみたいだけど」
あなたのことを本当の家族のように接しろと言われたわ、と彼女が続ける。
「……おばさん、名前は?」
「-名前1--名前2-。よろしく、だと家族じゃないわね。……名前で呼ぶことはないと思うから、おばさんでいいわ」
イザナはうどんをすすりながら、このおばさんを自分のものにするためにはどうすればいいかを考えていた。
彼女の娘である女はうっとうしかったが、真一郎との関係を変えてくれたこと、妹のエマと仲を取り持ってくれたことなどにはまあそれなりに感謝している。彼女が男を侍らせるのに自分は彼女の家に住んでいることが優越感ではあったが、それはあのアクセサリー女ではなく母親の-名前2-のことを知っているのが自分だけだから持てる感覚だった。
-名前2-。たったそれだけの言葉がイザナの口に馴染み、美しい音色として世界に飛び出でるのがおかしかった。初めての体験に困惑しながらもイザナは「黒川-名前2-」と彼女をほんとうに自分のものにしたときのことを考えていた。
彼女の体は美しいだろうか。家事ばかりでなのに「娘が拘るから」と言われるがままにケアされているのはきっと手だけで、洋服の内側は生きた年月をそのまま刻み込んでいるだろうか。
イザナはどんな姿の-名前2-も抱けると思った。それこそが愛だと思った。
イザナが-名前2-と二人きりになったある日「あんたを抱きたい」と言うと、彼女ははぁ……といつもの顔のまま「性欲処理には娘の方がいいのでは?」と言った。
「人って、若い子どもの方が性的に魅力的と聞くから」
まあそれでもいいのなら、と彼女はイザナを寝室へと誘った。その表情には恥じらいも愛情も見えなかった。
イザナは結局-名前2-のことを抱かなかった。そして-名前2-の娘を天竺の下っ端のひとりに殺させた。鶴蝶は泣いていたが自分にはどうでもよかった。
娘が死んだというのに彼女はやっぱり表情は変えないままで「わたしの老後が心配だけど、家畜扱いされない分には楽ね」と言っていた。
「……あんたの老後を見るやつはここにいるけど」
イザナはまだ-名前2-と共に暮らしている。-名前2-は若い男を連れ込んでいると近所で噂されているらしいが彼女は世間体にあわせることがそれなりに上手いので、うまく取り繕っているらしい。
ふふ、と-名前2-が笑う。ようやく、イザナは-名前2-の目に愛情をみつけた。
#呪術廻戦 #七海建人 #失恋
中絶にかかるお金は意外と高かった。七海はそう思いながら付き添い人として名前を名乗った。看護師は「分かりました」と軽く頷いたあと、-名前1-の名前を呼び検査室へと入っていった。
七海の幼馴染である-名前1-という女は、現在妊娠中である。誰の子どもを腹に宿しているのか、七海も彼女も知らない。彼女いわく、ナンパしてきた男たちの誰かだろうということだった。
彼女は今日、中絶をしにきた。看護師たちの噂する声は自分の耳にも入ってくる。またあの人らしいよ、という言葉から彼女がこうやって中絶に来るのは初めてではないのだろうと思った。
付き添い人に限らず、本人以外はみなこの待合室か駐車場で待つことになっている。七海は支払いもあるのでここに座ることにした。
車などは持っていないので自転車でここまで来たが、中絶後はそんなのに人を乗せられるわせではないので押して帰ることは決まっている。
腹を膨らませた女性たち、何か不安そうな顔をしている学生とその親、多くの女の人に囲まれながら七海は真っ直ぐに座席に座っていた。膝の上にはATMから持ってきた封筒がある。その中身はお年玉などにも使えるようなピン札が17枚入っている。それは七海が初めて任務で稼いだ金だった。
先輩の五条という面倒な男に連れていかれて死ぬほど大変な思いをしたが、それでも七海は稼いできた。五条はげたげたと下品に笑いながら「お前の願いはそれで叶えられるよ」と言った。七海がずっと悩んでいることを彼はどこからか聞きつけて、わざわざ自分の任務に七海を絡ませてきたのだった。五条からすればこの金は雀の涙ほどのものであるが、七海には「クソ面倒なやり方でなんて事してくれてんだ腹立つな……」の気持ちだったが稼いだ金は穢れていないので使うことにした。即ち、-名前1-の中絶代金として代わりに支払いに来たのだった。
-名前1-という女は性に奔放な人だった。男も女も彼女とセックスしていたし、中学時代には帰り道で彼女が公園でセックスしているのを見かけたこともある。ぎょっとして思わず通報しかけたのでよく覚えている。獣のように腰を振るう男と汚い喘ぎ声を出す彼女に対して自分はよくもまあ嫌いにならずにいると思う。あれは人間の性という本性だった。-名前1-は自分に気づいていたかどうか、それはよく分からない。気づかない方がよかったと思うし、向こうにだけ気づかれていたらそれはそれで嫌だったとも思う。複雑な心境のまま七海は恋を燻らせていた。
そうした初恋がなぜか今もつづいている。初恋を葬るという言葉があるが、残念ながら呪いに塗れた初恋は永遠に胸の中に居残ってしまうようだ。あの時、-名前1-へ感じた憎しみと恋情とがぐるぐると残ったまま今もある。今日はそれを殺すいい機会だと思った。
-名前1-は麻酔が切れるまで時間がかかったようで、随分と待たされた。そしてもう夕日が出てきそうな時間になってよろよろと出てきた。七海は封筒から福沢諭吉の描かれた紙幣を取り出した。看護師は慣れた手つきで紙幣の数を確認し、お釣りを出した。
ぐったりとした-名前1-を引きずるようにして一緒に歩いた。-名前1-は「お金ありがとぅねぇ」ともごもご呟いた。彼女の舌っ足らずなしゃべり方は昔と変わらない。
中絶は何度目ですか、とか。今はどうしてるんですか、とか。色んな聞きたいことはあったけれど口から出てきたのは「痛かったでしょう」という労りのための言葉だった。初恋を葬るなんて嘘だ。自分はこんなことをしてまでも彼女のために何かしてやりたいと思っている。自分を好きにならない、自分を選ばないこの女のことを。
-名前1-へ抱いた初恋は、小学生のあの時代みな持っていたように思う。小さくて可愛くて舌っ足らずなしゃべり方は保護欲をさそい、頭も良くて綺麗な服装をしていて運動神経もよかったのでリレー選手に選ばれることも数多くあった。彼女が小学5年生にして中学生の男子とキスをしていたという噂にクラス中がどよめいていたことも覚えている。
-名前1-にビッチという不名誉なあだ名がついたのは6年生になった時のことである。そして彼女が初めてレイプされたのもその時だった。同性からのレイプだと主張した彼女は信用されず、むしろ誰とでもセックスさせてくれる女だと見られるようになってしまった。
彼女はその噂に自分の体を合わせていった。どんどんと人と付き合い、セックスをして妊娠をして中絶をしていた。今回のことはその繰り返しの中の1回でしかない。七海が支払ったところで彼女は自分の体を大切にしようとしない。
「痛かったよォ。でも、死んだあの子たちはもっと痛かったろうね……」
時間を置いて返事がきたので一瞬何かと思った。-名前1-はひょっこりと七海の顔を見ていた。そこにはまだ幼くて小さくて噂に振り回されていなかった頃の-名前1-がいた。
「今日はごめんね、付き合わせて」
ぎゅう、と心臓が締め付けられる音がする。この恋に落ちてはいけない。この女を好きになってはいけない。そうした所で不幸になるのは自分だとわかっている。なのに、跳ねる心臓と顔に集まる熱は素直なままで、-名前1-はにっこりと笑った。
「でも、これだけにしてね。ケンちゃんは綺麗なままでいてほしい」
自分はもう綺麗なんかじゃない。人間の負の感情と戦っているからって誰もがみな正義だとか綺麗な人間だとかそんなことはない。七海には自分の目から何かあふれてくるのが分かった。また恋に落ちたと思った。
中絶費用を出してくれる親友の話はいつかやります。
#ベイビーわるきゅーれ #百合夢
「まひろすぁーん、あいつだよ」
「ああ、あいつ……」
女子高生たちはとある男を追いかけていた。社会不適合であり、殺し屋としてしか生きていけない自分たちを助けてくれた女性への恩返しのために。
彼女の名前は-名前1-であることしか知らない。それ以外には聞いたことがない。いや、知っているのは彼女がパン屋で働いていてたまに余ったパンをもらってきていることと、朝が早すぎてゴミ出しがはやいことと、杉本と深川コンビのことを可愛がってくれる女性であることは知っている。
ゴミの分別さえもうまくできない二人に-名前1-さんは丁寧に教えてくれた。名前は表札で知った。恥ずかしそうに-名前1-さんと呼ぶと彼女は「名前知っててくれたのねえ」と穏やかに笑っていた。彼女はもう40も超えているような年齢で、子どもがいてもおかしくないと思っていたが彼女はこの歳まで独身なのだそうだった。
おかげで杉本も深川ふたりとも彼女にとても懐いていた。料理はうまい、パンも分けてくれる、何かと声をかけてくれる彼女に甘えて甘えた。それはもうべったりと。
そんな彼女が病院へ搬送されたと知ったのは彼女に会えなくて三日も過ぎてのことだった。-名前1-の家のポストをチェックし続けていたら、彼女の弟という男が「何やってるんですかあなたたち!!!!!」とヒステリックに叫んできたので思わずぶちのめしてしまうところだった。姉さんの家のポストに!!! と言わなければ絶対にしていた。まひろの拳をちさとはそっと包み込んで「ね、ね、まひろさん。あの人、弟だって。-名前1-さんのこと聞かなきゃ。ね、殺しちゃダーメ」と小声で囁いた。
自分たちより少し年上ぐらいの男が弟というのに疑問を持ちながらも話を聞くと(これはあくまでも杉本たちの感性である。実際には弟だという彼を無理やりに-名前1-の部屋に引っ張りこんで尋問のように話を聞いていた。)彼はただの童顔で20代後半の年齢であることを知った。それでも-名前1-との年齢差は甚だしい。どうしてそんなに歳が離れているんですか、と深川は遠慮なく聞いた。
「……連れ子ですから」
そんなことはどうでもいいでしょう、姉さんの着替えを取りに来たんですよ!! 彼の叫びに「なるほど」「そうなんですか」と言って二人は弟から病院と病室を聞き出してさっさと部屋を出た。弟はまだなにか叫んでいたが、二人には興味はなかった。
一旦自分たちの部屋に戻ると「お見舞いの品って何がいいのかな」「ひとりぼっちじゃさびしーよねー!」「これ、前に好きって言われたと思った」「お、こういうのあったら時間つぶしできるかも~~」とそれぞれ思い思いの品をカバンに詰め込んで病院へと急いだ。女子高生なので免許は持っていない。自転車に二人乗りで急いだ。法律違反など彼女たちにはあってないようなものである。
病室へと急ぎ、コンコンと軽いノックをしたあと返事も聞かずに二人は入室した。そして愕然とした。-名前1--名前2-という女性はぼろぼろの姿で入院していた。
「え、ちょ、ちょっと待って、誰がこんなことしたの」
「-名前2-さんって言うんだ……」
「まひろさん、そんなこと今気にしている場合じゃないよ!? ま、ままま、まって、-名前1-さん、-名前1-さんが……!」
わーわーと言い合っていた2人の声に気づいたのか-名前1-はゆっくりと瞼をあけた。傷が痛むのかいつものまん丸の瞳は半分も見えなかった。あらぁ、といつもの彼女の優しい声ではなく掠れたひびわれた声が聞こえた。
「-名前1-さん!」
ふたりの声が重なり、-名前1-はふんわりと笑ったように見えた。実際は怪我だらけの顔のせいで顔が半分ほど歪んだだけだった。
「どうしたの、来てくれたの……」
「そ、そうだよ、ね、これ、これ持ってて」
ちさとが持ってきたぬいぐるみを-名前1-の枕の横に並べた。ひとりは寂しいという彼女の心遣いだった。ありがとう、と声をかける-名前1-にちさとは泣きそうになりながら「-名前1-さん死なないでぇ!」と叫んだ。
「ちょっとちさとさん、うるさいよ」
「だっで、だっでぇ……!」
「そんなに泣かなくていいのよぉ……。ちょっと、殴られただけだから」
「え?」
「は?」
殴られた? そりゃあそうか、この怪我だもんな。誰が? -名前1-さんほどの人をどうして? こんなレベルにしたの?
深川は冷静になろうとして全く冷静になれなかった。お見舞いの品として持ってきたはずのトレーニング用の器具を自分で破壊してしまうくらいには。
「……誰が、-名前1-さんのことこんなにしたの?」
「さぁねぇ」
-名前1-は本当に知らないようだった。そっかあ、と杉本は顔をひねったあと深川を連れて病室を出ていった。スタスタと歩いたあと、あっと声を上げて自分だけ病室に戻り「また来るね!」と声をかけていた。深川はずるい、と自分も戻り「また来ます」と声をかけた。
ロビーで待ち構えていた女子高生ふたりぐみに男はもう現実逃避したくなった。しかし、自分をかわいがってくれた姉のためにも病室には行かなければならない。
「ひとまず荷物置いてきてからじゃダメですか……」と言ってみたがふたりには通じなかった。ずるずると二階の休憩スペースに呼ばれた。
ふたりは杉本ちさと、深川まひろと名乗った。-名前1-さんにはお世話になっている、と。
「-名前1-さんは誰にやられたの」
杉本がつんのめるように話しかけてくる。美人だが挙動不審な彼女に男は世知辛い……と思いながらも答える。
「なんか、常連、らしくて。追いかけられたみたいで」
「……パン屋に、いつも来ててスケジュールも把握してたってことすか」
「おそらく。……姉さんに暴行と、セックスの強要を」
がすり、と何かが壊れる音がしたが男は聞かなかった振りをした。杉本の方はひどい顔でぐぬぐぬと体をくねらせているし、深川の方は薬でもキメたかのような鋭い目付で男のことを睨んできた。自分は犯人じゃないのになぜこんな目に。男の気持ちも最もであるが、二人には関係がない。
「何とかして-名前1-さんから犯人のこと聞き出してください!! 絶対、絶対ですよ!!」
「そんで、ここに連絡してください」
「うちら自分じゃやれないんでね~~。あ、あと今回はとっくべつにスペシャル料金で対応するように伝えときますから!」
「そう! -名前1-さんにまた料理作ってもらうから!!」
「あとパンもほしい」
「まだ一緒に観てない映画あるし」
「ちょっとしたパーティとか開いてない」
「食い倒れツアーもだよ~~」
杉本と深川は言いたいことは言い切ったのか、雑な文字だけ書かれたペーパーナプキンを置いて行ってしまった。
「……はあ」
男は素直に電話をかけた。はい、もしもし、と明るい声がする。男は素直に話をした。姉から受けていた相談も含めて全て。そして荷物を持って姉のいる病室へと向かった。
「あのさ姉さん」
「あら……ごめんね、着替え……」
「いや、いいんだけど……。あのさ、もし、犯人が死んだりしても、姉さんのせいじゃないんだから落ち込むなよ?」
「えぇ? 何言ってるの急に……」
「何となくだよ……」
-名前1-が退院する日、待ち構えていたのは弟と隣人たちの杉本と深川コンビだった。弟の方は随分と疲れた様子で、隣人たちはいつも通りゆるく元気にしている。
「-名前1-さんのためなら、うちらいつでもスペシャル料金だからね」
何の話をしているのかはよく分からなかったが、自分のことで彼女たちに迷惑がかかるのはよくない。お待たせしてごめんね、と声をかけると三人はびくついたあと-名前1-のことを見て「おかえりなさい」と精一杯の笑みを浮かべていた。
失恋夢ワンドロで書いたものです。開催おつかれさまです。
#弱虫ペダル #荒北靖友 #女主 #失恋
この作品にはゲイ(クィア)を傷つける表現が含まれます。
また、既存キャラの非公式カップリング要素(荒坂)を含みます。畳む
大好きな先輩を追いかけた大学で、先輩がわたしのひとつ下の男の子の後輩と付き合い始めたと聞いてわたしは「そんなのありえなくない?」と思わず言ってしまったのだった。
マック、目の前にいる男に叫ぶ女。まるでどこかのカップルの喧嘩だが、今回はそうではない。高校時代の友達のような腐れ縁のような男に呼び出されて行ってみたら爆弾発言を聞かされた図である。
まあ、予想していたほどの薔薇色の素敵なキャンパスライフではなかったが楽しく過ごしていた。それが、先程聞いた話のせいでわたしの人生はお先真っ暗である。
――いやいや、ありえなくない? 男と? 先輩男だよね? 先輩ホモだったってこと? わたしが告白したときには部活が忙しいつってたくせに、本当は男漁りしてたってこと?
わたしは混乱でいつもなら言わないようなことも言っていた。それが本心ではなかったはずだ。ただ、わたしにそれを教えてくれた元クラスメートはドン引きした表情で「あの人の走りを見てそんなこと言うやつと付き合わなくてよかったと思うぜホント……」ととてつもなく失礼なことを言った。
「いや、だって」
「だってもなにも無いだろ……。荒北さんが好きになったのは男の後輩だったってだけじゃねぇか」
「そこだよ!! 男の後輩ってなに!? 女の後輩だって先輩のこと好きだったが!!?」
先輩の彼女……恋人が綺麗な人ならよかった。そしたら諦めもついただろう。なのに。男。なんで? 女じゃダメなの? 女の方が絶対いいよ。子どもも作れるし、わたしは浮気しないし、胸も大きいし、料理も作れるし、先輩のこと追いかけてこの大学を選んだんですけど。それはアピールになりませんか。
「ホモなんて、生きていくのが辛いじゃん」
ぽつりと出てきた言葉はわたしの必死の誤魔化しだった。男に負けるなんていう現実に立ち向かえなかったのだ。黒田はわたしの本音を鼻で笑った。
「じゃあ男女なら必ず幸せになれんのかよ」
分かんない。わかんないけど、でも、その男の後輩より絶対幸せにしてあげる自信があったのだ。荒北さんにいつか振り向いてもらえると本気で、願っていたのだ。
黒田はわたしの分のトレーまで片付けたあと「荒北さんにホモとか言うなよ。そーゆーの、サベツ発言だぞ」と軽く言い残して先に行ってしまった。
差別発言。ほんとに? わたしはおかしいのか? 好きな人が同性愛者のホモだったってショックを受けることが?
家に帰ったあとわたしは大声で泣いた。隣の人から翌朝心配されるレベルだった。荒北さんの馬鹿野郎、と叫んで怒って泣いて寝た。食べ物も食べられなくなって、雑なメイクをして前髪をつくることもできないまま授業に出た。失恋しようがなにをしようが授業はすすむ。評価でAをもらうためならわたしは頑張れる。
教授の説明を聞きながら、わたしはスマホで「好きな人 ホモ」と検索した。Googleは「好きな人 ゲイ」とキーワードを変えて検索結果を表示した。こんなアプリにさえもわたしは自分の差別意識を指摘されているようで腹が立った。
一番上にはなんかスピリチュアル系の記事が出てきた。そしてすぐ下には知恵袋が。好きな人がホモでした、というそれは自分と似たような状況かと思ったらよっぽど努力していない女の嘆きが書かれていた。
わたしは荒北さんのために努力をしてきたという自信があった。それもまあ、意味が無くなったけれど。
荒北さんの好みの女になれるように、いい女にみてもらえるように、結婚したあとも楽だと思ってもらえるように、子どもの相手なんて苦手なのにできるフリもしてきた。大学も第一志望をやめてここにしたのだ。自転車なんて全然乗れなかったのに、一生懸命マネージャーをやって、ルールを覚えた。ロードバイクの整備の仕方だって油まみれになってもちゃんと覚えたしパンクの修理の仕方だってそうだ。
知恵袋でベストアンサーとして選ばれていたのは長文の回答だった。ホモと呼ぶのはやめてください、という言葉にわたしは読むのをやめようかと思ったが、「あなたがその人のために努力していたのは伝わります。」と書かれていて続きが気になった。この程度で努力していたなんて気軽に言えるこれがベストアンサーになるのが不思議だった。
ベストアンサーは、長く長く言葉を語っていた。
世の中には恋愛感情を持つ人も持たない人もいて、異性を好きになる人も同性を好きになる人もいて。ホモだとか、性的対象として見られていないかを心配されるだとか、怖いことを言われないように必死に隠している人もいるのだ、と。
「あなたのことを信頼しているから相手はあなたに教えているのではないですか。」
ベストアンサーは途中にそんなことを書いていた。黒田のことが頭をよぎる。あいつは、荒北さんに信頼されているのか。同じ自転車競技部に入っているのにわたしは教えてもらっていない。
ベストアンサーを最後まで読むことなくわたしはスマホを閉じた。大教室で教授はどこか遠くを見ながら話をしている。わたしは有象無象の中のひとり。わたしと荒北さんの距離感はきっとこの大教室の中の関係性なのだ。
その日の部活でわたしは荒北さんに告白をした。これで最後にする、と言って。
荒北さんは今回は「大事にしたいヤツがいる」と言った。男の後輩が恋人であるとは言ってもらえなかった。わたしはその程度の人間だったのだ。辛くて悔しくて涙が出そうになったが必死にこらえた。
今この悔しさを口にしたら、わたしは最低な女になると思った。自分の差別意識がひどく大きく根強いのはもうよく分かった。だったら、それを口に出さないようにすることから始めるしかなかった。そうでもしないと、荒北さんに失望されてしまう。それだけは嫌だった。
「……その人とは付き合ってるんですか」
「まあネ」
「……。おめでとうございます」
わたしは自分を騙しきった。おめでとうございますと言ってやった。腹の中の恋心がネジ切れそうになって吐きそうだったけど頑張った。荒北さんは驚いた顔をしたあと、ちょっと嬉しそうにありがとうネ、と笑った。
luna-plus.jp/lunalys/
こちらのサイトのアクセス解析を導入しました。全然わかってなかったのですが、アクセスカウンターもついていて複数サイト管理できるそうなのでもうちょっと真面目に今度は作りたいと思います。
はじめて女体化百合夢を書きました。
#弱虫ペダル #女体化 #東堂尽八
キャラクターの先天性女体化
レズビアンを傷つけるような描写が含まれます畳む
あんたは何もしない子だ、と言われて育った。それはわたしが双子の兄は何もせずに遊んでいるのに、女の子だからという理由でわたしはキッチンに呼ばれて料理を作ったり座布団を敷いたりしなければならないと言われ続けて反発したせいだった。
兄は父親たちに可愛がられてお金をもらっている。じゃあわたしは? 無理やりに引っ張られて洗われたコップを布巾でふいてお盆に並べて歩いていくわたしは一体なんだ? 人が集まるから、と座布団を敷いてちょっとズレていると文句を言われた。そんなんじゃ男にもらってもらえない、と言われるわたしは「お前らみたいな男だけは絶対嫌だ」とまだ幼稚園児なのに言い放ってしまったらしく、その時の親戚の顔と言ったら悲惨なものだったらしい。幼稚園児に嫌われるレベルの親戚に囲まれてやる必要があるのか分からない行事をこなして高校は寮生活をすることにした。
反骨精神があるから「何もしない子」になったのだと思ったのだが。性根がそもそもわたしは面倒臭がりなところがあるらしく、寮生活をはじめたらわたしは随分と雑な生活をしていた。
おやつに食べたいと買ってきたパスタとソースは一緒に茹でていたし、すぐにビニール傘を買ってしまうし、ゴミの仕分けはいつも雑で怒られることばかり。例をあげればキリがないくらいに雑な人間だった。
恋人との付き合いもそうだった。わたしは雑な人間だ、と言って「分かってる」「それでもいいんだよ」という男たちを信じて甘えて、「やっぱり無理だ」「我慢できない」とフラれるのだった。
そんなわたしの人生に光を与えてくれたのは今の恋人である東堂だった。彼女は東堂庵という老舗の旅館の若女将になる立場である。正直、そんな立場の人の恋人……同性の恋人になるというのは心が折れそうになるのだが、本人曰く兄弟がいるから自分は女将にはならないから大丈夫とのことだった。でも、どうなるか分からないからわたしは怖かった。彼女は女だが、長子なのである。兄弟に何かあれば彼女が呼び出されることは想像にかたくなかった。それと同時に、自分の人生から彼女がいなくなることも想像できなかった。
彼女を自分のそばに置いておきたいが、それが恋愛としての話なのか、便利な人間を置きたい話なのか自分でもよく分からなかった。
彼女はわたしとずっと一緒にいる予定だった。恋人になる時の告白の時点で「あなたを世界でいちばん幸せな女性(ひと)にするのは私のはずだ。私を選んでほしい」と花束を用意してきた。全く自分の話だとおもえないし、今思い返してもわたしは息をしていたのか心配だが、わたしはそれに頷いて文化祭で盛大にカップルとして有名になったのだった。
高校は小さな社会である。おあそびとして消費したあとに残るのは隠しきれない小さな差別意識だった。
東堂はファンも多く、本人も自分が美形である自覚をしていた。だからこそ消費は激しく、わたしはそれに巻き込まれる形で舞台にのせられた。あがりたくない舞台の上の景色はそれはもう醜悪だった。
親戚たちと同じ。目の前の女が自分の思い通りになればいいという視線だった。
好奇の視線の奥にある「レズビアンはどうやって生きていくのか」という心にわたしは疲れてしまった。
そんなわたしを守り、愛してくれたのは東堂だった。申し訳ないと言いながらも絶対にニコイチで扱われるわたしは言われるがままに東堂との未来を約束しつづけた。それまで双子としてみられていたわたしは、今度は東堂の女と見られるようになっていた。
東堂は大学でも自転車を続けていた。双子の兄は東堂と同じ大学に進み、東堂ほか何人かと自転車競技部を設立したと聞いている。
わたしはと言えば、夢があるわけでもないまま大学へ適当に進み、卒論を書いていた。東堂は部活でも勉強でも成績をのこした。そうしてお互いに留年もないまま卒業をして、同棲をはじめた。
女二人で住むということで不動産には「ルームシェアですか?」なんて言われたが東堂はその度にキッパリと「いえ、恋人です」なんて返していた。不動産屋は顔を顰めたり、理解がある顔をしたり、お祝いをしたりしていたが東堂は話をさっさと進めたそうにしていた。
東堂はプロの道へと進むから、自転車を置いておかなければならないし、わたしの職場の距離も気になるし、大家がわたしたちへの差別を持ってないことも重要だし、女同士だから2階以上でオートロックが必要で……。いちいち挙げられる言葉にわたしは横でなぜか恥ずかしい気持ちになっていた。
レズビアンふたりが同棲したいということが、こんなに不動産屋を困らせる話題だろうか。男女だって別れる可能性はあるし、トラブルを起こさないことはないし、ルームシェアの時だってオートロックを必要にすることはあるだろう。なのに、東堂の要望を聞いていくうちに不動産屋たちは顔を暗くさせていく。大家の差別なんて知ったこっちゃない、と言いたいのは分かる。でも、わたしたちには大事な話だった。
家が決まった時、わたしは一安心して泣いた。東堂のことを離さなくてもいいのだとようやく自分で理解できたのだ。
わたしはいつ東堂と別れるかもわからない、と自分に言い聞かせていた。結婚もできないまま、きっと一生を終えるのだろうと思った。この人生で東堂以上に好きになる人間はいない。便利な人間を置きたいだとかそんな嘘をかぶせた奥にあったのは、ひとりぼっちになる自分が怖かったという情けない気持ちだった。
引越しの費用であんまりお金もないのに、東堂はわたしに豪勢な刺身の盛り合わせを作ってくれた。彼女曰く、サクを買って切っただけということだがわたしにはこんなのは作れない。いつもはただ食べるだけの食事に、なぜか熱い気持ちが込み上げてくる。
「東堂、わたし、あんたとずっと一緒にいたいなぁ」
泣きながら言うわたしに東堂はすごく焦った顔をしていた。わたしは普段は雑な反応しかしないので、急にこんなことを言ったから焦らせたのかと思った。
「そ、そんなの……! 当たり前じゃないか!! わたしなんか、いつでも共同用墓地のあたりだってつけてるし結婚するための資金繰りだって考えてるんだからな!!?」
彼女はわたしを世界でいちばん幸せにする、と言っていた。彼女は嘘はつかない。いや、言ったことを本当にできるように誠心誠意の行動ができる人なのだ。
もう一口食べたビンチョウは世界でいちばんうまいマグロだった。
ハイキューで清水潔子のおはなし。
Noteに書いてある映画ほんとにみてください。
#ハイキュー! #清水潔子 #百合夢
映画「そばかす」を見てかきました。畳む
ある日、体験レッスンを受けたいとやってきたのが中学の元同級生だった。その日は夫の手伝いでジムの方に顔を出していた。
彼女はスポーツジムに来ると言う割にはかなりかなりオシャレな格好だったし、サングラスをつけていたので結構分からなかった。ただ差し出された用紙に書かれていた名前を見て気づいたのだった。もしかしたら違う人かも、と思いながらもわたしは-名前1-さん、と声をかけた。
彼女がこちらにいるというのは聞いたことがなかったから多少驚いていた。
「……えっと、」
「清水。清水潔子です」
「………。あ、ああ! 清水さん!」
「-名前1-さんこっちに帰ってきたんだね」
「うん……。今休職中で。お金はあるし、家にいてもやることないからと思って」
「そっか、なまった体を動かすには向いてるよここ~。色んな人が来てるしね」
「そうなんだね」
-名前1-さんは昔と変わらない笑顔だった。その笑顔がすごく好きだったことをふと思い出した。
とある男性教師が苦手だった。その人は気に入った女の子に対してスキンシップが激しくて、わたしはその一人に数えられていた。自慢じゃないし、むしろトラウマのようなものだ。陸上選手としてユニフォームに着替えていた時のあの視線を今でも悪夢として思い出す。
-名前1-さんとは中学時代、そこまで話したことはなかった。彼女はギャルと言うような派手な格好で夜道を歩いていると噂されていたし、誰とでもセックスするという噂もあった。あくまでも噂だったし、本人は女子トイレで困っている人にナプキンをくれるような子だったからそんな噂は信じてなかったけど。男子たちは「噂を確かめるため」とかいう理由をつけてふざけて-名前1-さんに絡んでいたのは見かけている。-名前1-さんも一定のラインまでならオーケーをするから、そういうものなのだと思っていた。
わたしと-名前1-さんの思い出を結びつけるのはその、悪夢の教師だった。
あの男は体育の授業で怪我をしたわたしを抱っこで保健室に連れていこうとした。あまりにも暑い日で、半袖半ズボンだったことをその時ばかりはとても後悔していた。
でも、それを助けてくれたのは-名前1-さんだった。ほけんいーんだから、とのびた声でわたしの体を支えてくれた。
保険医の槇村先生と仲がいいみたいで「マキちゃん、清水さん転んでえぐい傷作った」なんて言ってわたしを長椅子に座らせてくれた。
保健室に来た人は紙に名前を書かなきゃいけなくて。わたしの代わりに書きながら「あいつ、まじでキモイよねえ」と呟いた。わたしはそれに同意していいのか分からなくて黙ってしまった。-名前1-さんはわたしをぼんやりと見つめて「……ごめん、聞きたくなかったかな」とかそんなことを言った。謝られたことだけは確かだった。わたしは助けてもらったという自覚があるのに-名前1-さんに嫌な思いをさせてしまったのだった。
-名前1-さんが着替えてでてきたら、先に運動していた人達がどよめいた。ざわざわと聞こえてくる中に「あれってマナメグじゃ?」という声を聞いた。そしてその声を聞いた夫がひどく慌てているのを見てトイレに行くフリをしてスマホで検索をかけた。
真南メグミという名前がすぐにサジェストに出てくる。引退という文字と、AV女優という文字も。
Twitterで見かけたあの話は本当だったのだなと思う。トイレの水を流してすぐに出ていって-名前1-さんを探した。引き締まった体はやっぱり綺麗だった。
大学中退。AV女優をはじめる。金を、稼いでいる。
嘘かホントか分からずに触れなかったものに、今直面していた。
-名前1-さんが帰る前に、わたしは何とか自分の連絡先を渡した。着替えとして用意したTシャツなどを回収する時に代わりに名刺を渡したのだ。
震える声でまた今度、ご飯食べよう! と何とか声に出した。
「……別に、今日でもいいけど」
「えっ、ほんとう? でも、あの、わたし、遅くなっちゃうけど」
「いいよ、何時でも。呼んでくれれば行くから」
呼んでくれれば行くから。中学時代と変わらないその言葉に、わたしは自分が思っているよりもこの子のことが大好きだったのだと気づいた。
結局、帰るのは本当に遅くておそくて、もう22時も終わりそうな時間だった。念の為に、とLINEを送ると「こんな時間ならファミレス? 田舎だと居酒屋はやく閉まるんだっけ?」と来た。
ま、まだやってるところもあるよ。と返事を送る。彼女は「好きなところ連れていってよ」と返した。
それでもわたしは絡まれることを考えてファミレスにした。この時間ならきっと変なおじさんなんていないだろうと思って。
-名前1-さんは今日ジムに来た時と同じ服装だった。やっぱりオシャレで可愛くて、それにブランド品じゃないかと疑ってしまう。そんな自分がいやだった。
「久々だねぇ、清水さんに会うの」
「……そんなに、仲良くなかった、もんね」
「まあねぇ。食事行こうって言われると思ってなかったし、ファミレスになるとも思ってなかった」
「……その、人が、いない方がいいかなって」
わたしの含みのある言葉に-名前1-さんはけらっと笑った。
「あたしがAV女優だったの、知ってるよねえ。そうだよねえ。……気ぃ遣ってくれてありがとうね」
気遣いというよりは、マナメグじゃないわたしのよく知る-名前1-さんと会話したかったのだ。でも、それはただのワガママである。
「あ、あのさ」
「清水さん、すごい綺麗になっててびっくりした」
ふふっと笑った彼女は艶やかで、女のわたしでも顔をあからめるほどだった。
「話遮っちゃったね……。どうかした?」
「……こっちには、ずっといられるの?」
「あー……。そうだねえ、どうしようか今悩んでるの」
「そう、なんだね」
「うちの親、まだ女の結婚はクリスマスケーキと同じと思ってるから、焦ってるんだ」
いま、わたしは23歳。クリスマスケーキという話は、つまりあと2年のうちに結婚しなければ行き遅れということ。
「だから、そんな仕事してないで見合いしなさいって拉致られた」
「………」
「拉致っていうと大袈裟かなあ。無理やりに連れてこられちゃったー。あはは」
「あははって、笑うことじゃ」
「で、今、反抗期としてなんか男に好かれなさそうな腹筋バキバキになってやろうかなって」
ふん、と腕を持ち上げる-名前1-さんを見てわたしは泣いていた。-名前1-さんはいつだってかっこよくて、綺麗で、男に縛られることなんてないと思っていた。AV女優も好きでやっていて、アイドルみたいに華々しく辞めて、好きなことやるためにこっちに戻ってきたのかと。
「……泣かないで、潔子ちゃん」
初めて名前を呼んでくれたのに、わたしは返事もできなかった。ただぼろぼろと流す涙に、-名前1-さんはナプキンを差し出して、わたしの頭を撫でてくれていた。
ここからサイトについてのお知らせと記録
・ハッシュタグの試験運用はじめます
(ひとまずキャラクター、原作名、傾向をまとめるようにします。検索結果表示のところをなんとかしないとなーと思ってます。)
・あとがきページをつくります
わたしが運営しているもういっこの夢サイトであとがきページを作るようにしたので。ついでにこっちも。
・リクエストボックスつくります
作ったはずなんですけど不具合起きてるのでまたあとでチェックします。まあとりあえず作るんだなーと思ってもらえれば。
#姫川亜弓 #非恋愛夢 #ガラスの仮面
※作者は2.5次元舞台もふつうの舞台もどちらも好きです。
※作中の思想は作者のものではありません。すべてはフィクション。
畳む
「わたし、2.5次元って好きじゃないの」
彼女は笑顔で2.5次元舞台について語っていた女の前でそう言い捨てた。舞台の照明役という大切な裏方の人間をわざと傷つける言葉を吐き捨てた。周りの人間はざわめいていた。そのセリフにも、わざとらしいその言葉にも。
舞台、芝居は演者だけでは完成しない。たくさんの裏方の仕事もあって初めて舞台の幕はあがるのである。演者だけではその幕をあげる仕事さえもできない。だからこそ、みな関わる人間たちそれぞれを尊重して仕事するのである。
その輪をかきみだしたナマエに周りはなんと言えばいいのか分からなかった。
そこにコツコツとヒールの音が響いてくる。特徴的な、規則正しい音だった。
「ねえ……。ナマエ、それは言い過ぎではないの?」
「あら。亜弓さんはあんな程度のものを舞台と思われるの?」
ナマエは挑発するように亜弓に視線をやった。
ミョウジナマエは今をときめく人気女優である。そんな彼女が舞台に立つということで観客は「演技は大丈夫なのか?」という心配と「彼女ならきっと」という期待と、一部のファンは「トラブルを起こさないか心配だ……」と思っていた。
ナマエは自分の気持ちに対して素直すぎる女だった。というのも、ストレートプレイという言葉に関してあまりにも赤裸々にテレビで語ったがために彼女はものすごいアンチファンをつくりテレビに出ることは許されなくなった。本人はアンチがいることを全く気にしていないのだが、事務所としては大問題なのである。バラエティに出るのは控えて映画やドラマなどの作品にのみ出るようになった。
そんなわけで、彼女がストレートプレイと呼ばれるタイプの舞台に(彼女いわく翻訳劇)立つということはとても、とても心配されるようなものだったのである。
そんな彼女の相棒として共に戦う女を演じるのが姫川亜弓だった。演劇界の天才であり、あの紅天女候補と呼ばれる彼女である。むしろ亜弓ファンは「亜弓さまが主役では無いなんて……!」と叫んだりもしたそうだが、本人のインタビューでは「こういう役も試してみたいんです。女性と恋に落ちる女性というのを」と語っていた。
亜弓は男への恋の仕方を学んだが、女の場合にはそれとはまた違う演技が必要だとも思っていた。つまり、友情から愛情へと変わる瞬間を求めていたのである。魂が惹かれ合う人間を紅天女の前に知っておきたかった。
そして丁度いい、と白羽の矢が立てられたのは「ザ・ラスト・デュエル」というレイプ被害者について語られた翻訳劇だった。原作では男と男の対決をメインにすえていたが、今回の劇では翻案作品として被害にあった女と彼女を助ける女騎士の物語に変えられている。その翻案に世間は褒めも否定意見もそれぞれあったが、フェミニズムというテーマに真っ向からぶつかってきた商業演劇ということもあり話題性は確かだった。
稽古を見る限り、ナマエはそれなりにうまいと亜弓は思っていた。きちんと、自分の中の「人間」ができていてそれを自身で描ききることに躊躇いがないのだ。テレビで培った「美しい女」のイメージをかき捨てて泥にまみれ血を流し声のある限り恨み言をさけぶ女をみて亜弓は確かに好感を抱いた。この女性を必ず守るという、騎士としての自覚がうまれたのだった。
だが舞台の稽古がおわるとナマエは途端にいやな女へと変貌する。亜弓はそんな彼女を見ることが嫌だった。自分のライバルである北島マヤとはまた違う「演技へののめり込み」だった。
そして今日も……。2.5次元舞台を見に行ったという感想を話していた照明助手にわざわざ酷い言葉を投げかける。それが彼女のちょっとしたストレス発散であることは分かっている。だが、それを許せるわけではない。舞台の上で好きになった女を、ずっと愛していられるわけではないのだ。舞台と現実はちがうのだから。
「わたしは、ああいった舞台が馬鹿にされるものだとは思わないけれど」
「あの程度の演技力と歌とでお金を貰っているのに? アホらしい……」
「そういう貴方は、自分に実力があると思っているの?」
亜弓の言葉は最もだった。ナマエは「想像していたよりは上手い」の範疇であり、まだ見ぬお客様に高評価をもらえるかどうかは分からないのである。なのに、今盛り上がっていてなおかつファンのひとりが褒め称える作品をそんなふうに下げた言葉を使うのは演者としてとても品のない行為だった。
ナマエはかっと顔を赤くさせて背を向けてしまった。足早に立ち去る姿に照明助手は泣きそうな顔で「あゆみざんっっ!」と叫んだ。
「ごめんなさいね、思わず口を挟んでしまって」
「いえ! いえ! 本当にありがとうございます。私たちだとあんな風に言い返すなんてできなくて……」
「でも、なんか意外です。亜弓さんは2.5次元舞台なんて興味ないかと思ってました」
まあ、それはある。亜弓はあまりそういった演劇は見ない。そもそも原作のアニメなどに触れることが少ないし見ている暇がない。見なければならない、という芸術性も本当は感じていない。若手たちの演技やパフォーマンスはバラバラであり、セリフがききとれなかったりこの歌をはやく終わらせて欲しいと思うようなものもある。けれども。観客たちの輝く視線と拍手とアンコールの声を聞いていれば、この舞台はこれでいいのだと思える。
マヤがひとりで劇をすすめたジーナと青い壺のことを思い出す。そう、あれだって本来求められているものと全然違っていたのに観客の気持ちをすべて奪っていったのだ。
「……嫌いじゃないの。2.5次元舞台って」
亜弓は微笑んだ。評価されなくとも、愛されるものがあればその作品はいいものなのだ。北島マヤに、亜弓はそれを教わった。そしてそれがはやくナマエにも伝わればいいのにと思った。
2023年2月7日発表。
いまは男主攻のBLDと百合夢を書いています。(自分の状況備忘録)
1. どういう時に書きたい話を思いつきますか?
(キャラのことを考えていたら自然と/日常生活であったことを基に/ネタを探していたらキャラに合いそうなシチュエーションだと思って等)
→自分の中の熱と相談しています。例で出てきているものは大体あてはまっている。何かしらの書きたいモノがあって、そのためにどのキャラクターにするか、どんな世界線があっているのか、その世界観での常識とはなにか……など。
2. 推しの話は書けますか?
→書いてはいますが満足していません。なんかもの足りないなーと思うこといっぱいあります。推しについて拗らせている人間。
3. 推し以外の話は書けますか?
→よく書きます。推しを書くときよりも気持ちが気楽なのもあるかもしれません。あと自分の書きたいテーマにあてはまるキャラクターなら推しじゃなくとも選んでいます。
4. どの視点が書きやすいですか?
(夢主視点/相手キャラ視点/三人称視点)
→どの視点も満遍なく好きだし苦手です。強いて言うなら信用できない語り手ネタが好きです。
5. 話の長さはどのくらいが書きやすいですか?
→2000文字から3000文字の掌篇。
6. ひとつの話にかかる時間を教えてください
(何文字=何時間/何日かかる等)
→短いお話なので30分程度です。うまくオチが見つからないだとかつまずいたときには一時間程度。長いお話だともっとかかります。(この前の同人誌は10万文字程度で2ヶ月くらいかけたような。)
7. プロットは書きますか?
→短編だと書かないですが、長編だと書いてます。
8. プロット通りに完成しますか?
→プロットより長くなって書き終わらないことがままあります。(同人誌の場合はページ数と予算の関係で仕方がなく途中でやめたりとか。)
9. キャラが勝手に動くことはありますか?
→よくあります。それと同時に、どうしても自分にとって可愛いキャラクターを退場させなきゃいけなかったりとか。キャラクターの行動原理的に。
10. 起承転結or序破急を意識して構成していますか?
→意識してるようかしてないような。ここで読者をぐっと惹き付けるぞ、という意識はあれどそれがうまく作用させているかどうかがよく分かっていません。
11. 書き出しはどういうパターンが多いですか?
→モノローグでなんか人間が細々としたことをしているお話が多いかも。
登場人物がどういうキャラクターでなんの理由を持ってその行動をしているのかが伝わったら魅力的なのかなと思います。
12. 話の終わりはどういう締め括りが多いですか?
→よく分からないところで急に終わったりします。綺麗なオチがついているよりはなんとなく薄暗いオチになりがち。
13. どこから書きますか?
(冒頭から通しで/書きたい場面を書いて後から繋げる等)
→基本的には冒頭からです。でも書きたい場面を忘れる時もあるので先に書いたりしますが接続するのは苦手なのでできるかぎりは先から書きます。もしくは決まっているオチから逆順とか。
14. 「こういう話ばかり書いてるな…」という自覚があれば教えてください
(ハピエン/両片想い/すれ違い等)
→片思い。失恋。受け取ってもらえない愛情。死んだ人間に勝てない。
たぶん他にもいっぱいあります。巨大感情と呼ばれるものがすき。
15. 誤字のチェック方法を教えてください
→一太郎の公正機能です。
16. 参考にしている本があれば教えてください
→小説を書く上で気にしていたのは
「書き出しで釣りあげろ」
「脚本の科学」
の2冊です。
→あとは好きな作家の本をチェックしてどういうふうに書いているのかを調べたり。
17. イメージソングをベースに書くことがありますか?
→ないです。
18. 好きな文体と書ける文体は合致していますか?
→合致してません。好きな文体は志賀直哉の初期短編です。お察しです。
19. 気に入ってる話と反応がよかった話は一致していますか?
→一致してません。気に入ってる話はジャンルがとにかくマイナーで読んでいる人間の母数が少ないとかよくあります。
20. スランプの時は「とにかく書く」or「一旦離れる」
→離れてます。自分のモチベーションとかもあんまり。
21. 書き上げてから投稿するまでにどのくらい時間を空けていますか?
→空けてないです。ひとまずサイトにアップロードしてあとでチェックします。同人誌はまじめにチェックしております。
22. 「よく褒められる」ところがあれば教えてください
(言葉選び/心理描写/表現力/ストーリー性/ネタ等)
→文学的と前に言われていました。ありがたいです。
23. 自分の文章の特徴を把握していれば教えてください
→情景が飛びがちです。よくないところ。
24. 文章を書く上で気をつけているところや力を入れているところがあれば教えてください
→漢字をひらくところです。でも気をつけているというよりは好みの問題だと思います。力を入れているのはその世界の常識とか世界観とかを念入りに考えるところ。でもあくまでもフィクションとしてのラインを守るところ。
25. キャラクターをお借りして創作する上で気を付けていること、またそのためにしていることがあれば教えてください
→フィクションを書いているという自覚をもつことです。作品と自分を近づけすぎない。
26. 書く時に夢主に自己投影を「している」「していない」
→自己投影という言葉が好きでは無い派です。あえて言うのであれば夢主と自分はまったく違う存在です。
27. 他の方の夢小説を読む時に自己投影を「している」「していない」
→ノーコメントです。
28. 執筆時に音楽を聞いたり通話をしたり、文章を書く以外のことを同時にしていますか?
→音楽を聞くことはあります。あと映画みたりドラマをみたり。
29. 何で執筆していますか?(PC、スマホ等)
→基本的にスマホです。
30. タイトルの付け方を教えてください
(先につけるか/後からつけるか/すっと思いつくかどうか)
→タイトルはあとからつけます。お題サイトから選んで。書いている時は一言あらすじのようなものをタイトルにしてつけています。
31. 執筆中の頭の中は「映像が流れてる」「静止画」「特に何も浮かんでいない」
→映像が流れている派です。映画が好きだからかな? カメラとか照明とか自分でいろいろと意識したりひらめいたりしながら映像がつくられています。それを文字に起こしている。
32. 言われて嬉しかった感想があれば教えてください
→自分の作品をきっかけに映画を観ましたというコメントです。本当にありがたいです。
33. 昔書いた話を「読める」「読めない」
→あんまり読めません。恥ずかしい。でもたまに読み返します。
34. 何かに影響されているものがあれば教えてください
(商業小説/同人小説/映画/漫画/歌等)
→いっぱいありすぎてあげられません……。大きな影響があると思うのは小川洋子の作品です。
35. 書いてる途中、孤独じゃないですか?
→夢小説を書いている時もサイトにアップロードしたあとも同人誌頒布している時も基本的には孤独を感じているのでそこに何かモヤモヤを感じることはありません。
36. なぜ夢小説を書くのですか?
→わたしが名前変換のできる夢小説のことが大好きだからです。また、自分の好きな作品を作るのは自分だと知っているから書くことを続けています。発表の場をサイトに重きを置いているのもまた個人サイトが大好きだからです。
Webイベントおつかれさまでした~~!
漫画のように上手くはいかない。ガラスは蹴破ると危ないのだ。千咒という女はしかし漫画の中の女だったらしく、彼女がガラスを突破ってまで喧嘩をした。その突き破ったガラスの向こうに人がいるだとかそういったことは考えていなかった。わたしは降り注ぐガラスの破片たちに怯えて頭を抱えた。わたしの制服がズタボロになり人が落ちてきて自分にぶつかりまたよろけてガラスにぶつかり、自分が結局どうなったのかを考えるととてもじゃないが正気を保っていられなかった。
千咒はまだ人を殴っていて、わたしはぼんやりと自分の血が流れていくのを眺めていた。自分の傷ではないと言い聞かせながらも痛みはわたしをむしばみ仕舞いには意識さえも奪っていった。
次に目が覚めた時にはわたしは体全体に引き攣るような痛みと熱を感じていて自分がどれほどの傷を負ったのかを知った。体を少しでも動かしたくなくて目玉だけを必死にぐるぐるとまわせば近くに母親と千咒がいるのが分かった。
母親から言われたことはわたしの体は今はボロボロでなんとか顔だけでも修復したということと、まだガラスの破片全てが取り切れたわけではないということ、千咒の家が治療代を支払うということだった。
母はわたしに「結婚する時に大変にならないように」とわたしの顔を治してくれたそうだが、わたしが一番好きなスキーをやるための足は治してくれなかったのでわたしは医者から「本当に申し訳ないのだけれど……」と諦めるように言われたのだった。ガラスの破片というものは鋭利で細かくてわたしの足をズタボロにした為にスキーのブーツのような硬いものに包ませてでもスポーツをやることは難しいと言われたのだった。硬い方が固定されるのでは、と思ったがまた別の医者が「スキーはむしろ脚を動かしていないとバランスがとれませんよね。体重をかけるのも、そのブーツにあわせるのも、今の脚では……」と言われて納得してしまった。
わたしは千咒に怒る気持ちはなかったけれど、泣きじゃくる彼女を見てざまあみろと思ってしまった。わたしより可愛くて、男の子たちから人気で、かっこいいお兄さんがいる彼女から「ジブンたちはずっと親友だからな!」と言われることがどんなに苦痛だったのか彼女は知らないだろうから。
これから一生彼女がわたしへの罪悪感で縛られているのかと思うとそれはとても楽しいことに思えた。
――
ジブンのことをなんと言われようと気にしないけれど、-名前2-のことはダメだ。-名前2-の下着が見えそうだとか、あの胸のあいだに手を突っ込みたいだとか、恋人になれそうだとか、男たちのきたない欲望に-名前2-が晒されるのはいやだ。
それで、ひとり、どうしても許せないやつがいた。-名前2-が告白されたという話をしていたやつ。今はお試し期間とか言っていたやつ。そいつが、-名前2-のことをバカにしていた。-名前2-のこと、胸だけで選んだって。さっさとヤれないかって。
ぶん殴って反撃されて、そのまま廊下へと男を蹴り上げたときに教室の窓が割れてしたに-名前2-がいるのが見えた。ジブンの反射神経なら-名前2-のことは助けられたはずなのに動けなかった。このまま怪我したら、-名前2-は、男たちにあんな目線で見られることなんてないんじゃないかって、そう思った。
-名前2-はケガをしたあともやっぱり綺麗なままだった。傷だらけで、修復したという顔だって前よりはひどい顔だ。でも、ジブンはどんな時でも-名前2-のことが好きなんだと思えた。
グサリと鉛筆を頬につきさしてみる。そのままエイ、とえぐってみるが歯痛は全くよくならなかった。
虫歯の痛みというものはどうしてこうもよくならないのか。気を紛らわせるようにしてわたしは外を眺めていた。そうして頭の中に聞こえてくる音から逃れるようにぐっと首をちぢこませた。
――クビをくくれ。悪魔を亡ぼせ。退治せよ。すゝめ。まけるな。戦え。
かの小説と同じ文言のセリフが頭の中をグルグルとまわっている。ああ安吾先生。お願いします、歯痛で死ぬのは勇者だけです。わたしは舞台の上で死にたい。
そこまで考えて、舞台で死んだのはアクタガワなのかダザイなのか分からないなぁと思い至ってようやく自分のこの歯痛は虫歯の痛みなどではなく友人の弟の友人とかいう赤の他人にぶん殴られたからだ、と思い至った。
あんまりなことにわたしの頭はあの嫌な記憶を封じ込めようとして歯痛を虫歯のものだと勘違いさせようとしていた。
携帯をチェックしようとして、ここが病院だと思い至り使用可能な場所へと歩こうとして自分の足の状態の悪さを鑑みる。大きな大きなギプスに未だに慣れなかった。
――
わが友人の赤音は友人の弟の友人に告白されたとかでひどく嬉しそうにしていたのに、日が過ぎるにつれて段々とわたしの方を見ては#名前2#は彼氏なんか作らないよね? と確認するようになった。
わたしは恋愛だとかいうものに興味はなかったし、人間と付き合うことそれ自体に忌避感をもっていた。わたしという人間が社会不適合をもっていたからかもしれないし、あとから知ったことだが自分のセクシャリティとロマンティック性がヘテロスペクトラムとは言い難いものだったからかもしれない。
いろんな理由はあれど、わたしは赤音の質問に毎回「大丈夫、赤音のことがいちばんだと思う」と答えていたのだった。
そしてある日、事件がおこった。
わたしが道端でよろけたときに身体能力の悪さが災いしてひどい捻挫をして道路に飛び出てしまい急ブレーキの車にぶつかるという交通事故である。幸いなことにわたしは靭帯断裂直前というところでの捻挫と、擦過傷と車との接触による打撲のみで済んだのだが念の為にと入院する羽目になった。わたしは自分が情けないやら申し訳ないやらで沈んだ気持ちになっていたのだが、わたし以上に落ち込んでいたのは赤音だった。
弟の友人だとかいう「カレシ」とデートをしていたはずの彼女はカレシを放り出してわたしの元へ駆けつけたのだった。
そして泣きながら言ったのだ。
――デートなんて行かなければ#名前2#がこんなことにならなかったかもしれないのに。
あくまでもそれは結果論であり、どうしようもない話だとわたしは彼女を慰めていたのだが「カレシ」には到底許せる話ではなかったらしい。
病室の外で大人しく待っていたはずの彼は中に入るや否やわたしに一直線に殴ってきたのだった。それはもう派手な音をたてた。その音の割に痛みがなかったかと言えばそんなことはなく、わたしは「いってぇぇえーーー!」と叫びそのまま自分より年下の子どもの頭を思いっきりギプスのついた足で蹴り飛ばしてまた事故をおこしたのだった。
カレシ、九井という少年はわたしへの謝罪をしない代わりに自分もこの傷は何も言わないと約束した。赤音は怒って泣いて今にも九井を地獄へ突き落とそうとしていたがわたしは彼女がそこまでわたしを優先する気持ちの方が分からなかった。
「赤音はどうしてわたしにそこまで……」
「……-名前2-が、わたしをひとりにするから」
「そんなことしないよ……」
「ううん、する。わたしが頑張っても追いつけない遠い遠い場所にひとりで行っちゃう。泣いて縋ってもみんながわたしを止めちゃった。だから、無理やりにでも-名前2-を追いかけたくて……」
「? どうしたの」
「ううん。今回はひをつけなくてよかったなと思って」
ラジオから海の音が聞こえる。ざざんざざんという音がしていた。わたしはその音に揺られて体を動かす。リズムに乗るにはその音はあまりにも流動的で次第にわたしの体も音楽に合わせているのかどうか分からなくなってしまった。
これ何?
わたしの声掛けに真木は「……なにかしらね」と答えるだけだった。真木は踊るわたしを見つめていた。彼女に踊ろうよ、と声をかけても無視された。わたしの声が聞こえてないのかと思い、ハリー・ポッターで言われていた死の呪文をとなえると「やめて」と強い口調で返ってきた。
「返事がなかったから」
「だからってあなたみたいに死ぬ訳にはいかないの」
わたしに魔法は使えないから死ぬことは無いよ。
わたしがそう言うと真木は苦々しい微笑みで「そうだったわね」と頷いた。
わたしは二年前に死んでいるのだが、今でも生きている真木理佐と時たま話をしている。短い会話しかしない。お互いによく話す人間では無いし、長話をするのはつかれるのだ。
わたしが死んでいることを真木ははっきりと理解しているが、時たまわたしを生きている人のように思うのか新作の映画を観に行く予定を決めようとする。わたしはその度に「わたしに予定は必要ない」と言うのだが、真木にとっては大事なことなのか「だめ。ちゃんと、決めるの」と手帳に丁寧に予定を書き込んでいた。
真木はもうすぐ始まる映画のラジオをいつも楽しみにしている。まだ日本で公開されてない映画の話をMCがとつとつと語るのだ。それを聞いて真木はいつもどの映画を観に行くのか決めていた。
なのに、今日はその時間になってもあの始まりの音楽は流れずに海の音が、波の音が聞こえていた。
それがどうして聞こえたのかは真木にはどうでもいいらしく「今度みにいく映画は……」とわたしに言って聞かせた。
わたしは死人。映画なんてみる趣味はない。
「真木、死人の出ない映画は観ないの」
真木はすこし止まったあと「みてほしいの?」と聞いた。わたしは答えなかった。あんたがそれを観始めたら、わたしはいなくなるかもねと言いそうになったが、なにも分からないわたしはやめた。
ラジオは突然に息を吹き返して、MCの声が聞こえるようになった。解説された映画は、家族を失った男が復讐にいく映画だった。復讐する姿はまさに気分爽快! というものらしいが、死人からしたらそんなに嬉しくは無い話だ。
「真木は復讐なんてしないでね」
「してないじゃない」
でも、わたしにずっと話しかけてくるじゃない。
海の音を聞いているとき、わたしは琵琶湖近くのホテルへ行ったことを思い出した。琵琶湖をみて海だ、とはしゃいだわたしに真木はまじめに「あれは湖」とつっこんできた。海は知っているのに、わたしには琵琶湖が海に思えて仕方がなかった。
どうして琵琶湖のあるホテルへ行ったんだっけ。真木の家族と、みんなで、そう、あれは。真木の家が、わたしを連れて一緒に遊びに行ってくれたのだった。
真木はホテルでわたしにヒッソリと話してくれた。真木はわたしの姉が好きらしい。わたしよりも前に死んでいる姉のことをずっと好きだという彼女を見てこわさを感じた。
姉が可愛いかどうかと言われると微妙だったが、クラスでは人気者だったらしく家に友達が呼ばれることは何度もあった。その度にわたしは息を潜めるように家にカバンを置いてどこかへと逃げるのだった。図書館だったり、少し遠くの公園だったり、雑貨屋だったりと。とにかく、家族関係から外れている姉を見るのが嫌だった。
その後、わたしも若くして死んでしまったが真木のそばにいるのはわたしである。海と琵琶湖。切り取れば似ていると感じることもできるだろうが、本質は全く違うものだ。
真木とて、わたしと姉がちがうことは分かっているだろう。
死人は孤独なもの。死人は別の死人に会うことはない。それは真木には前にも伝えている。
「真木、わたしがいる限りお姉ちゃんには会えないけど」
「しってる」
川端康成「地獄」パロディのようなそうじゃないような。中公文庫の「川端康成異相短篇集」で読めます。
前にブレットトレインのカプなし二次創作として書いていたものに名前変換つけたものです。
名前変換のある夢小説が好きな人間なので……
わたしが働いている場所で子どもを見かけるなんてことは早々にない。仕立てた洋服を卸にいくことばかりで、個人的な商売はあまりしたことがなかった。けれども彼はあらわれた。洗濯を失敗したのか色あせたニットを着てわたしの前に立っていた。
子どもは木村と名乗った。父親は元マフィアだったが今ではわけありで隠れ住んでいる老人で、この子どもはそのマフィアたちから命からがらに逃げ出してきたひとり息子だった。
わたしがそんなことを知っているのは、つまり、街中で噂されているからだった。多くの人間が彼ら家族のことを知っていて、あえて触れないようにしてきた。
大切な妻であり、母であった女をなくした男は子どもを育てるのに随分と苦労していた。なにせ、今まで家事ひとつまともにこなしたことがなかったのである。保育園に行くのも一苦労だった。なにせ、必要なカバンというものがいっぱいある。そうしてひとりの人間を頼ることにした。
彼女は縫製所を家族で営む一家の母親だった。農家をしていて、その傍らですばらしい洋服たちを作ってみせた。元々大きなデパートにも卸していたというのだから、その手は確かなものである。
木村は息子を連れて彼女へ会いに行った。子ども用にこういうものがほしい、と保育園でもらった書類をみせた。母親はうんうんと頷いてわかりました、と頷いた。
そして息子と視線を合わせると「君はなにがすき?」と聞いた。息子は俯いたまま返事をしなかった。
ある日、木村家の子どもがひとりで-名前2-の家へと駆け込んできた。息を切らして「たすけて」と言うので事情を聞くと、鳥が追いかけてきたから怖くて逃げてきた、と途切れ途切れに語った。
話を聞いてみるとここいらに住んでいる雉の子どもがどうやら人に慣れすぎてしまったらしく木村少年のことを追いかけてきてしまったようだった。
ふぅ、ふぅ、と泣きそうになる彼にわたしは「君はなにがすき?」ともう一度たずねた。
「……お花」
木村少年の父親の職業を、-名前2-は本当のところよく知らなかった。実際に会ってみたらヤクザらしい雰囲気は全くなかったので、話を聞くまでは分からないと思ったのだ。
もしかしたら女の子みたいとからかわれるのが嫌なのかも、とどこか見当違いの配慮をしながら-名前2-は「それじゃあこんなのはどうかな?」と学校用品につけるためのアップリケをみせた。
木村少年はどれにするか迷ったあと、てんとう虫を選んだ。
「そっち? お花じゃなくていいの?」
「うん」
「そっか」
-名前2-にはよく分からなかったが本人の意思を尊重し、てんとう虫のアップリケをつけた。
木村少年は落ち着いていたし、家にも帰れるようだったが-名前2-は急かすようなことはしなかった。ちょっと見ていく? とミシンのある部屋へと連れていってくれた。
足踏み式のそれは木村少年の母親が使っていたものとは全くちがうものだった。-名前2-は木村少年にお菓子の入ったカゴを渡すと「好きなのをどうぞ」と言い、ミシンを動かしはじめた。
ガタガタとも、チクチクともちがう不思議な音が木村少年の耳をうった。
「……お母さんも、縫い物上手だった」
「そっかあ」
「このミシンと、ぜんぜん違うやつ」
「このミシンは確かにふつうのお家じゃないかもねぇ」
「……お母さんに、会いたい」
「天国にはねー、死んだ人しか行けないんだよー」
-名前2-は、いたって普段通りに返事をした。それでも木村少年にはそんなふうに返事がくるとは思っておらずびっくりして-名前2-のことを見つめていた。
「僕も、死ねば会えるかな?」
「どうかなあ。天国に行って帰ってきた人はいないからなあ」
「今すぐ会いたいんだ」
「天国で安らかにしているかもわからないしねえ」
「天国ってそんなに嫌なところなの?」
「嫌なところじゃないといいねぇ」
-名前2-の言葉ひとつひとつが胸をつきさすように重く、痛かったが木村少年は問答を続けた。それが五分程かかったところで-名前2-は「よーし、できた!」と話を切り上げてしまった。
「君のお母さんも、こういうの作りたかっただろうね」
「……天国で作ってもらえばいいよ」
「天国でも学校行くの? やめようよ、そんなの想像したくないよ」
ふにゃりと木村少年は笑った。天国。死んだ人しか行けない場所。木村少年のことを慮ってやさしい言葉しか聞かされなかった少年はまっすぐと自分がいつか死ぬことを願った。
そうして、妻と出会い、子どもが生まれた時、少年だった木村は天国への憧れを持つことをやめた。
――
目の前には、傷ついた子どもがいる。息子のマサルがいる。この子は眠っている間にも、自分より先に天国への道を進んでいる。
指先から感覚が消えていく。あのときのおばさんの言葉を思い出す。
「天国には死んだ人しか行けない」
まだ、大丈夫。まさるは、死んでない。
失恋祭の最後のワンドロでした。お~しゃんず8、大好きな人間なので書けてよかった!!
ちなみにほかの候補作はガラスの仮面、ペルシャンレッスンでした。
オンリーワンジャンルはさすがに、と思ったので諦めました。
あのダフネと一緒に買い物に出かけるとなったとき、わたしは何のジョークかと思って「どこへ行くつもり? 墓場とか?」と返してしまった。なさけない返事だったのにダフネはへらりと笑って「あなたとの墓場なら行きたいわね」と返してくれた。
わたしは彼女の墓場にまで邪魔をするつもりはなかったけれど、ダフネはぐっとわたしに抱きついて「そうなったらいいのにね」と笑っていた。わたしにはそんな大それたことはできない、と言ったらダフネは苦笑いをうかべた。
女の映画監督というものは、中々に世知辛いものがある。映画は男社会の歴史がはびこっているからだ。いや、たかが百十数年程度の歴史だけれども。それでも、男たちは「自分のモノ」という意識が強かった。
ダフネとわたしはそんな世界に中指を突き立ててやり、ふたりしてバッシングを受けて、仲良くなったのだった。ふたりとも性的暴行が「映画のため」という理由でまかり通るのは絶対に許せなかったのだ。
だが、わたしたちの考えは似ていてもわたしたちの趣味や見た目は全く違っていた。わたしたちが本当の意味で仲良くなるのには時間がかかった。お互いにリスペクトをしながらも、好きなことがあまりにもバラバラすぎたので折り合いをつけるのにかなり時間がかかったのだ。
ダフネの買い物はとてもパワフルで、わたしはそんなに簡単に買うことはできなかった。しかたがない。自分がどこへそんな豪華な服を着ていくのか全然想像がつかなかったし、わたしは自分にどんな服が似合うのかもよく分かっていなかった。
いつかレッドカーペットにずんずんと突き進むミシェル・ヨーのような存在になりたかったけれど、心のどこかでそれが叶わない夢のような気がしていた。
わたしの夫はそんなわたしへのリスペクトと、愛情とをいつも示してくれた。わたしがパーティーなどへ呼ばれるときはいつも彼に示されたドレスを着ていた。ダフネはいつもわたしのドレスを聞いてきて、絶対にわたしよりも美しい姿で仕上げてきた。わたしは彼女に負ける立場で、彼女を輝かせるための道具のようかと思った時もあったが夫もいたので自分の心はなんとか保っているのだった。
配達の指定をして、ダフネはまた買い物をするのかと思いきや「飲み物がほしい!」と公園にいたサンドイッチトラックにすたすたと走っていってしまう。彼女のそういうところがわたしはとても好きだった。
ダフネはわたしの分も予約していたのか、わたしが到着した頃には「はいこれ」と手渡してくれた。
ベンチにふたりで座り、香ばしい匂いをさせたサンドイッチをほおばる。おいしかった。
「ダフネ、わたしの好きな物よく分かったね」
「……そりゃあね!」
ダフネはなぜか怒ったような顔を見せたあとふっと笑った。その笑顔は彼女のいつもの明るく元気なそれではなくて、涙をこらえたようなそんな表情だった。
「……あなたが、あの人と結婚していて本当によかったわ」
「……何、急に」
もしかして不倫でもされているのか、と疑うわたしにダフネは「わたしが男だったら、絶対にあいつより先にプロポーズしたのに」と笑っていった。
「……急にどうしたの、ほんとに」
「ううん。ただ、こういうこと楽しんでたら、そう思っただけ」
もくりで個人サイトのスペースをひらくよーと宣伝していたのですが リンクはり忘れていたなーということで、ここに載せておきます
のんびりやっておりますので よければよければ
フリースペース「個人サイトを語るスペース」にゲストを招待中。一緒に作業しましょう!
mocri.jp/invite-free-spaces/?token=cet8u...
もくりで個人サイトについてわーっと話すもくりをやる予定です。
何でそんなことになったかと言うと 需要はどうあれ、やったという実績があればなんか後続もいるんじゃないかという期待です。
しゃべるぐらいならセンスのないオタクでも大丈夫かなって……。
時間が微妙なのはわたしの残業があるかないかだからです。発生したらもっと遅い時間になります。
詳しい内容はここ
ofuse.me/e/22731
質問事項があればここ
docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScXjGce...
よろしくお願いします!
そして前に書いた短編をひとつ削除しているので実質の数は+1となります。
あけましておめでとうございます。
新年の更新が死体遺棄夢まとめなのちょっと面白いですね。
今年もよろしくお願いします。
あとお知らせがあるよ。
きさらぎ駅という場所に行った友がいる。というより、行ってくると言われたあと連絡が取れなくなった友がいる。
彼女から聞かされていた「きさらぎ駅への行き方」をふと思い出したのは、わたしが今人を殺してしまったからである。
轢き逃げとも言えない。わたしは事故を起こしたのだった。珍しく関東に雪が降っていた。チェーンはまいていた。それでも急な雪に対してわたしの車はスレッドタイヤに変えていなくて、雪道から突然あらわれた人間を轢き殺してしまった。
なんとか血まみれの雪を近くの場所へと隠し、わたしは死体を車の中に押し込んだのだった。隠蔽したい。わたしの仕事はまだあるし、結婚もしてないし、自分の人生がたかが雪の事故によって壊されるのかと思うととてつもない理不尽のように思えてしまったのだった。
でも、どうやって? ふと思い出したのはあのきさらぎ駅の話だった。
死体を連れた車できさらぎ駅に行けるのかどうか。……無理だろう。わたしはひとまず死体を何かにいれて電車に乗る方法を考えた。死体を処理するスペースなどは家にはない。燃やすのも無理だ。
車庫に入ったあとなんとかスペースを広げた。自転車なんて買わなければ良かった、と昔の自分に文句を言いながらも作業を続けた。
むかし海外旅行へ行くように買っていた大きなキャリーケースは車輪が壊れている。わたしは諦めてそれを使うことにした。ないよりマシだった。死体から洋服と靴とを奪い取り洗濯機に放り込んだ。あとで処分するのに楽な気がした。
髪の毛をハサミで切り取って新聞紙にまとめる。赤ん坊のように丸めた死体をなんとかキャリーに詰め込むとはみ出た首をボストンバッグで隠した。どうせ雑誌の付録で使っていたものなのでハサミで底を開けることに抵抗はなかった。
少し考えたあと、先程洗濯機に放り込んだ洋服たちをボストンバッグに詰め込んだ。そしてわたしは新浜松駅を目指したのだった。
異世界エレベーターのようにわざと電車を乗り過ごし、反対の線に乗るということを繰り返していたらきさらぎ駅へとたどり着いた。
噂に聞いていたように人がいる。そして過去の友人もいた。わたしのことを覚えていないのか、もしくはわたしのことを年上すぎて誰か分からないのか。彼女はわたしに敬語で話しかけてきた。
「ここ、異世界なんですよね……」
「そうそう、まじでやばいところだし!」
女子高生も同意してくる。話に出てきたことがない女の子だった。わたしが知っているのは酔っぱらいのおじさんと、謎の関係性の男女三人組と、年をとっていないままこの世界に囚われている友人のみだった。わたしは彼女たちにバレないようにここに死体を置いて逃げ帰らなければならなかった。
そのためにはこの荷物を置いてでも「逃げる」ことを意識しなければならない。
「ね、ねえ……。そのやばいって、何?」
「! おばさん、迷い込んじゃったんだね……」
「ここはきさらぎ駅っていう都市伝説の異世界で……」
彼女は丁寧に説明してくれた。線路を歩いていくと謎の老人に追いかけられるということ。先にトンネルがあるということ。
「それで……」
「あ、ハルナさん! あの人たちまた外に行っちゃいますよ!」
「やだ、また止めに行かなきゃ……」
慌てて駅舎の外へといく春奈を見ながら「堤春奈」という人物について軽く思い出していた。もう、苗字さえもすぐには思い出せない友人だった。
わたしはスーツケースを線路に放り投げた。酔っぱらいのおじさんがビクリと肩を震わせて「何してんだよあんた!」と叫んできた。
「うっさいわね、わたしは……ここから、逃げたいのよ……」
「はあ?」
スーツケースの中から死体の一部が見えていた。さっき線路から落としたのが悪かったのだろう。男はひぃっと悲鳴をあげていたがわたしはそれを無視して走り出した。
線路では「線路を歩いたら危ないよォー!」という声が聞こえてきたがそれを無視して必死に走っていた。わざわざアディダスのスニーカーをはいてジャージにしたのはここを走り抜けるためだった。
「線路を歩いたら危ないヨォー!」
何度も聞こえてくるその声が近づいてくるのが分かる。ここであの老人は駆け寄ってくる。それは知っていた。
ぐっと勇気をふりしぼり振り返ったわたしは来る時に持ってきていた包丁を老人に向けてぶっ刺した。もう人はひとり殺しているのだ。ここで殺したってどうってことない。
老人の腹にささった包丁は痛いが、自分の未来のためには仕方がない。老人はなにか異音を叫んだと思ったら血の塊を吹き飛ばして消えた。
飛び散った老人の向こうに春奈たちが見えた。まって、とかなにか叫んでいる気がした。そしてその手にスーツケースらしきものが見えた。
どうして? なんでそんなものを持ってきてるの?
「ふざけんじゃねぇよ!! それはここに捨ててくやつだっつーーのッッ!! 勝手に化け物になってりゃいいのよそんなやつはァーーッ!」
トンネルを必死に走り抜けたさきで、わたしは作業服を着ている男に会った。車乗っていきますか? という言葉を言う前にわたしはその男を線路にあった石でぶん殴った。老人の時のように消えなかったので何度も頭をぶん殴り、ぐちゃぐちゃにした。ポケットから車のキーを奪うとなんとか走り出した。
次に目指すのは神社だったはずだ。春奈から聞いたところによればそうだったはず。
ふだんはオートマ車なのでマニュアル車に乗るのは久々だった。ギアを5速に入れて車を飛ばしていたら、突然さきほど殴ったはずの男がふらりとあらわれた。
あの事故を思い出す。わたしがここに来なければならなかった事故のことを。
「ふざけんな、死ねってんだよクソがぁああああァア!!」
男の死体は猛スピードの車に撥ねられて空を舞った。しかし、後ろに倒れたはずの男はばたばたと追いかけてくる。わたしは車のアクセルを踏み続けたが段々とスピードが落ちていくのがわかった。つまり、この世界はそういう仕組みになっているのだ。
わたしはせめても、と車を振り回し道端の木にぶつかるようにして車から抜け出した。あの轢き殺した男はいなかった。
そこからも必死に走った。わたしはここから逃げるのだ。そして、絶対に、この世界から帰るのだ。
神社を見つけて、謎の白い光を見つけた。そこまで走っていけばいいはずだ。わたしは吐きそうになるのを我慢しながらも走っていたが、光のすぐ前に酔っぱらいの男がゾンビのように立ち塞がった。
「邪魔だよ!!」
最後の手段として持っていた塩をぶん投げてみたが伯方の塩はわたしを救ってはくれなかった。ぶるぶると顔をふって向こうはこっちへと近寄ってくる。
「わー、バカバカふざけんな!!」
一か八か、わたしは逃げるのに持っていた車のキーを適当に放り投げた。あれには自分の家の鍵もついているがここから逃げたら作り直せばいいのだ。
後ろから春奈の声が聞こえていた。あの女子高生の声も。わたしのことを心配しているようだった。
「じゃあね!! ハルナ!!!」
白い光の中へとはいったわたしはこれで現実世界に帰れると思った。はずだった。
そこは真っ白な世界だった。いや、夜で、雪が積もっていて、それっぽく見えているというだけ。
寒い。わたしはどこか分からないまま何とか雪道をあるいていく。ただのスニーカーなので雪がしみて痛くてしょうがなかった。
ふらり、と出てきたのは車道だった。それは見覚えのある道だった。
あれ?
車のブレーキ音が聞こえる。そこにあったのは、わたしの、車だった。
「なんで」
叫びそうになっている自分の顔がフロントガラスの奥に見えていた。おい、嘘だろきさらぎ駅。バカバカ、何してくれてんの。
そして交通事故は起きてしまった。
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